第60話 商人の慈悲は暴利一体。会計令嬢への正解は「逆らわない」こと。
マッケンジー商会は、死にかけ領地における、唯一の経済動脈だった。
(そう、かつては、な。さてはこいつ……僕が自立することに怯えてやがるな)
たかが十九歳の若造当主。
その風下に立つなど、海千山千の商人であるオコトギには耐え難い屈辱なのだ。
そんな傲慢さは、親戚ゆえの甘えでもあるが。
長年の功績は……やはり、無視できないんだよな。
「すまん。本当に偶然に発見したばかりで、実用化の目処も立っていなかったんだ。お前を蔑ろにする気なんて、これっぽっちもないぞ」
「本当だろうな? 儂らマッケンジーを出し抜いて、早々にラプラス伯爵家と握ったんじゃねえだろうな、坊ちゃんよぉ」
「誤解だよ。……今後の具体的な流通計画については、彼女――」
僕が、視線を送れば。
リュスも、迷いない足取りで、僕の隣へ並び立つ。
「家政女代行のリュスと一緒に検討したい。今回、運んでくれた物資の確認も含めてな」
オコトギは、深く刻まれた眉間の皺を、さらに寄せる。
「はあ? なんだその女。見ねえツラだな……余所者か。……女のくせに、執事の恰好なんぞしやがって。気味が悪い」
剥き出しの嫌悪。
新参者への拒絶反応が、棘となる。
「ご当主様も、公私混同が過ぎるんじゃねえか? 鼻の下伸ばしてねえで、さっさとゲロハルトを連れて来い。話はそれからだ」
「オコトギ、言葉を慎め。彼女は僕が信頼して――」
「坊ちゃん、儂はあんたのためを思って言ってるんだ! こんな素性の知れん女に屋敷の鍵を預けるなんざ、どうかしちまってる。それとも何か。こんな陰気女にたらしこまれたか」
オコトギの目には、根深い不快感が渦巻く。
明らかに、リュスを“領主に色を売って入り込んだ寄生虫”と決めつけていた。
(オコトギとて、普段は気の良いおっさんだが。……親戚づきあいは、金や立場が絡むと、本当に厄介になるよな)
だが、侮辱されたリュスは、眉一つ動かさなかった。
「マッケンジー代表。お言葉ですが、わたくしはアスタ様より屋敷の家政、および財政管理の全権を委任されております」
リュスは、言い放つ。
「あなたの仰る通り、わたくしは余所者です。ですが、この屋敷の在庫、村の労働力、そしてあなたが今運んできた荷……これらを効率的に運用できる案を提示できるのは、この場ではわたくしだけです」
「ほほう。よく吠えたもんだな、嬢ちゃん。世間の荒波にもまれ、ヤバマーズを支えて来た儂らに、ぽっと出の小娘が指図しようってか!」
「指図など。……わたくしが申し上げているのは、感情論ではなく経営の話です」
「経営だぁ? 訳のわからねえ言葉で煙に巻こうってのか」
オコトギは鼻で笑い、積荷の目録を乱暴に振ってみせた。
「いいか、小娘。この領地には金もなけりゃ、売るもんもねえ。儂がこうして損を承知で物資を運んでくるのは、ヤバマーズの血を絶やさないための慈悲なんだよ」
「慈悲、ですか」
「そうだ! 帳簿上の数字をいじくるだけで生きてるお貴族様には、一生、わからねえだろうがな!」
親戚という絆を盾にした、恩着せ。
だが、リュスは暗渠の瞳を見開いたまま、瞬きせずに応じる。
「では伺いますが、今回、運び込まれた小麦、干し肉。その他必需品ですが――」
「んだよ」
「これらの仕入れ価格に対して、ヤバマーズ家へ請求予定の額……そして、利息。これは、王都の法定上限の何割増しに設定されていますか?」
ピクリ、とオコトギの頬が引きつった。
「なっ……なんだと?」
「以前の納品分も拝見しましたが、品質はお世辞にも良いとは言えませんね。今回も同等だと仮定して――」
「まさか……儂の商品に因縁つけようってか?」
「いえ、数字の確認です。仰る通り、いじくるのが得意なもので」
バサッ。リュスは、手に持った帳簿を見せつけるようにめくった。
「ゲロハルトさんから、過去の取引記録を拝借しました。マッケンジー商会は、確かにヤバマーズを救ってきた。ですが同時に……市場価値の二倍近い価格で、低品質な積み荷を売りつけているケースが散見されます」
「そんな事実はねえ! 濡れ衣だっ!」
「いいえ、間違いありませんよ。王都の法廷であれば、家臣による不当契約。そう、当主への反逆行為として、懲罰が検討されるレベルの暴利です」
「反逆……行為っ!?」
突きつけたのは、ヤバマーズが依存の代償として目を背けてきた、残酷な真実。
オコトギの顔が、みるみるうちに赤黒く染まっていく。
「家臣として恩を売り、ヤバマーズの負債を膨らませる。そして、その膨らんだ借金を献身という名目で装飾し、目減りさせるフリをする……」
「てめぇっ……どこまで調べやがった!」
「すべてですよ、マッケンジー代表。貴方の商会が損しているのは無論事実ですが、数字は嘘をついていると白状しています。つまり――」
リュスは声を和らげることなく、むしろ鋭く畳み掛けた。
「――ここにあるのは慈悲ではなく、“誇張された貢献”です」
場がどよめいた。
マッケンジー商会の若い衆すらも、固唾を飲んで見守っている。
これでは、オコトギのメンツが丸つぶれだ。
僕にとって、オコトギは恩人でもあり……子供の頃から付き合いある親族。
(僕だってさすがに反逆行為だからと、処刑したくはないぞ!?)
マズいと思い、割って入ろうとする。
「お、おい。リュス……さすがにちょっと言い過ぎ――」
「とはいえ。マッケンジー商会なくして、ヤバマーズが存在し得なかったのもまた事実。この長年の功績は、何物にも代えがたい。故にっ!」
そこで、鮮やかに風向きを変えるリュス。
「黒銀結晶。これの販売権を一部、マッケンジーに委ねるのは妥当かと思います」
「……んだと?」
「物流コストの透明化。および、屋敷で雇用する使用人への給与支払い。そして――」
リュスは一度言葉を切ると……。
背後に控える僕を振り返り、優雅に微笑んだ。
「――現当主アスタ・ド・ヤバマーズに対し、商人として……家臣としての、適切な礼節を尽くすならば」
「うっ、ぐっ……。別に、儂はアスタを見下してるわけじゃあ……」
「それができないのであれば、ラプラス伯爵家という、より巨大で、より礼節をわきまえた窓口へ、すべての利権を移譲するよう進言いたしますが?」
――究極の、二択。
身内として甘え、搾取し続けるなら、ここで縁を切る。
巨万の富の片棒を担ぎたいなら、襟を正し、家臣として真の忠誠を誓え。
沈黙が広場を支配し、風の音だけが聞こえた。
やがて、オコトギは、チッと大きく舌打ちをすると。
被っていた帽子を脱ぎ、僕の前で、気が進まなそうに、けれど深く頭を下げた。
「……すまなかったな。ご当主様。……それと、そこにいるおっかねえ女主人殿もよ」
「理解いただけて光栄です。マッケンジー代表」
リュスもまた、何事もなかったかのように優雅な一礼を返す。
「では、仔細は後ほど屋敷内で詰めましょう。……冷えないうちに、お入りください」
僕には、どうにも今起きた出来事の半分も理解できていなかった。
あんなにリュスに対し、嫌悪をむき出しにしていたオコトギが。あんなに頑固でプライドの高い、男がこうも態度を変えるなんて。
「リュス、お前……本当にすごいな」
思わず、素で褒めてしまった。
すると、リュスはほんのりと口角を上げ、悪戯っぽく囁いた。
「実は――多少のハッタリを、スパイスとして混ぜております」
「……は?」
「アスタ様から、学ばせていただきました。わたくし、祓魔女として放浪していた身ですし、ここ最近の正確な市場情報など知る由もありません」
「はぁぁぁ!? じゃあ、あの自信満々の指摘は!?」
「ですが……わたくしが王都にいた頃の、主要品目の物価指数はすべて暗記しておりますから。それを基準に推論を組み立てただけです」
「えっ、それってつまり、二年前の記憶だけで論破したのかよ!?」
「そうですが。なにか、問題でも?」
僕はただ、冷や汗を拭いながら。
横に立つ男装の、家政の女神を見つめることしかできなかった。
ヤバマーズの旧弊が、彼女の手によって一枚ずつ剥がされていく。
それは恐ろしくもあり、けれど同時に――。
(やっぱり、僕。この人に一生頭が上がらない気がするぞ……?)
腹の底から熱くなるような、奇妙な爽快感に。
僕はただただ……苦笑するしかなかった。




