第58話 天才もお手上げ。救世主はポニテの後輩!?
だが、現実問題として。
僕らにはまだ、この結晶を飼い慣らす術がない。
黒銀結晶が、大人しく人類の隣に座ってくれる。そんな都合の良い物質かどうかも不明なのだ。
「よし、アスタ。まずはエネルギー励起条件や、解放トリガーの特定から始めようか」
オノレが、どんどん実験器具を並べていく。
「熱を加えたくらいじゃ、びくともしなかったけどな。鏃に加工して、ぶっ放しても暴発しなかったし、安定性だけは一級品だぞ」
「そうだね。閉ざされた過充電の名が示す通り、極めて強固な『エネルギーの檻』だ。大抵の外部刺激を撥ね除けてしまう」
持ち運びには最高だが、このままじゃ燃えない薪も同然だ。
「この貞淑すぎる乙女のハートを開く、スマートな万能鍵を探さないとね」
「口説きの呪文でも唱えるか? 我が髭に掛けてってな」
おどけて指を鳴らしてみたが、オノレの目は一切笑っていなかった。
……なんてノリの悪い奴だ。
「君の『磁気干渉』が、特異点であることは間違いない。だが、君以外の人間にも扱える汎用性がなければ、ビジネスにならないな。何か思いつくことはないかい、アイデアマン?」
「あー、他にってことか?」
総当たりのアイデア出しなら、いくらでも出せる自信があるぞ。
「音波や振動、あるいは電気刺激……そのあたりを片っ端から試すしかないだろ。ったく、地道な作業になりそうだなあ」
「嫌いじゃないクセに。……ふふ、始めるよ」
で、それから解体小屋に籠り。
あまりに気が遠くなるほどの、試行錯誤が始まったわけだ。
だが、今の今まで、結果は出ず。
そして……とうとう、巨大な壁にブチ当たることになる。
オノレが、魔術刻印を微細に施した“針”を使い、様々な周波数の振動を、結晶へと流し込んでいく。
そんな今日の出来事だった――。
「おい、オノレ。なんか変な音が聞こえてこないか?」
「本当だ。まるで……黒銀結晶が歌ってるみたいだね」
特定波長に達した時。
解体小屋の静寂を破ったのは、透明なガラスの琴を奏でるような……この世のものとは思えない、澄み切った旋律だった。
「ハミング? それとも讃美歌かな?」
思わず、聞き惚れるオノレ。
――しかし。
僕の左手にあるウロコは、キリリと激しく疼いた。久々の危険信号。
「感心してる場合か! そいつを離せッ、オノレ!!」
澄んだ歌声は、鼓膜をつんざく悲鳴へと変貌。
――キィィィィィィィィンッ!
結晶を掴んでいた、ピンセットの先が白熱。
視界を焼く、眩い光。
「熱っつ……!?!」
オノレは悲鳴を上げ、反射的にピンセットを投げ出した。
見れば、先端は飴細工のようにドロリと熔け落ち、落ちた鉄の滴が土をジリジリ焦がしている。
赤く焼けた手を押さえ、呆然とするオノレ。
……思わず、僕らは顔を見合わせてしまった。
「おやおや。一瞬で、鉄の融点を超えたのかい? たった数ミリの欠片で?」
「最低でも、一五〇〇度以上ってか……。おい、嘘だろ。たかがゴブリンから取れた物質だぞ!?」
「あはは……はあ。ほとんどの魔物は、体内にこれほどの爆弾を抱えながら、その一部も使いこなせずに死んでいくわけだ。……実に滑稽で、もったいない話だね」
さすがのオノレも、知的好奇心に冷や汗が混じっている。
「こんなボロ小屋の設備程度で、どう扱えって言うんだよ!」
「兵器運用なら『ヤバマーズ・ボム』として即採用だけど。……これじゃ生活は豊かにならないね」
「……それでは、意味がないんだ」
僕らの目的を果たすには、平和利用できる安全なパフォーマンスが必須条件だ。
この荒ぶるエネルギーを、穏やかな小川へと、出力を微細調整する技術は不可欠だが――。
「ねえ、アスタ。認めよう。この物質は、魔晶石よりも遥かに扱いがシビアだ」
「普段が安定しすぎているせいで、一度、火が入ったら止まらないのか」
「石炭みたいに、ながく、じっくり燃えてくれれば最高だったんだけどね……。お手上げだ」
オノレは、力なく両手を上げた。
「これ以上は、もう俺たちの手には負えないよ。理論だけじゃ、どうにもならない。……本職の技師がいなきゃ、研究はここで詰みだ」
あまりに、珍しい光景だった。
この不遜な天才、オノレ・ド・ラプラスの全面降伏。
ようするに、僕らがぶつかった巨大な壁とは――実践的実験に至るための条件ってやつだった。
緻密な、魔導工学。
暴れ馬を手懐けるには、理論だけでは足りない。叡智を寸分の狂いなく形にする、神業じみた技師の存在が……僕らには、決定的に欠如していた。
「前の噴霧器の設計も、かなりギリギリだったけど。……これは明らかに次元が違う」
そう。噴霧器の時は、理屈さえ知っていれば、村の鍛冶師の協力でなんとかなった。
でも、今、必要なのは、精密機械の領域。
「あーあ。理論にも精通していて、鉄と魔導を自在に操る熟練工学ドワーフみたいな。そんな都合のいい技師がいればなあ」
「そんな御伽噺みたいな奴が、このヤバマーズにいるわけ――」
言いかけて、止まった。
脳裏に、とある能天気な笑顔が、浮かんできたのだ。
「おやおや。もしかして、素敵な心当たりでもあるのかい?」
「あー。いや。お前も知ってる奴だよ。ほら、大学の知己に手当たり次第に手紙を送ったうちの一人さ。後輩にいただろう、例の――」
その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
あまりにも。
そう、あまりにもタイミングよく、疑うほど絶妙なタイミングで。表から喧騒が聞こえてきたからだ。
「アスタ様。オコトギ様が率いる、マッケンジー商会のキャラバンが、到着されました。それと――」
扉を開けて滑り込んできたのは、執事服に身を包んだリュス。
だが、声に困惑の色が濃い。
「一組の男女も、同行されているのですが。その、アスタ様をお訪ねしてきた、と。……なにかお心当たりは?」
僕は、自分の耳を疑った。
もし、今、僕が思い浮かべた彼らが、本当に馬車に乗ってやってきたのだとしたら。
「そんな都合の良い展開が……いや、期待するな。期待しちゃダメだ、きっとがっかりするぞ」
己に言い聞かせ、はやる心を抑えながら……解体小屋の外へ出ていく。
すると、突き抜けるように明るい声が鼓膜を叩いた。
「先輩~っ。招待されたんで、はるばるやって来たっすよ~! ほらほら、お待ちかね! 世界一愛しい後輩が来たっすよ~!!」
屋敷の門の前に、佇む姿。
視界に飛び込んできたのは、待ち望んでいた、ひたすら能天気な笑顔。
元気に跳ねるポニーテールの童顔。
僕は思わず、会心の笑みを浮かべて叫んでいた。
「ジルっ!! 本当に、お前かっ!?」
窮地を救う、最高の援軍。
思わず、駆け寄って肩を組む。
「会いたかったぞ~、ジルっ! 今、丁度、お前のことを考えてたんだ!」
「えへへ。やっぱり、そっすか~。そんなに、うちに会いたかったんすねえ。先輩ったら、相変わらずうちのことが好きなんすから~」
「ああっ! 会いたかったともさっ。実は、折り入って相談が――」
――けれど。
歓喜に沸く僕の背後から、放たれた。
かつてない、絶対零度の圧。殺気。
(え……。な、なんで……なんでそんなに、怒ってんの、リュス……?)
蛇に睨まれた蛙のように。
僕は、その場に硬直した。




