第54話 世界を敵に回しても。重すぎるのは全員お互い様。(前半)
聖騎士ロダンから、不器用ながらも確かな共犯の言質を引き出した。
そう実感した途端に、張り詰めていた緊張がふっと緩む。
(はぁぁあああっ、死ぬかと思った……! 心臓が口から飛び出るかとっ!)
全身の毛穴から、冷や汗が噴き出した。
膝が笑い、視界がぐらり。情けなくも、反動で地面に突っ伏しそうになる。
だが、僕が重力に屈するよりも早く――。
「――っ、アスタ様!」
視界が、暗転した。
柔らかい衝撃。鼻腔をくすぐる、どこか切なくて甘い香り。
リュスが、弾かれたように飛び込んできたのだ。
「わ、わわっ、リュス!?」
突然の、全力の抱擁。
細い腕が、力強く腰へと回されていた。
乗馬服越しでも伝わってくる体温と、トクトクと刻まれる鼓動。
「アスタ様……。ああ、アスタ様……っ」
顔を埋めたまま、壊れたように僕の名前を繰り返す。
やがて、おそるおそる顔を上げた瞳は――。
「わたくしは……これほどまでに真っ直ぐな言葉を、他に知りません。わたくし――貴方様をお慕いしております」
薄暗い暗渠のまま、情念の火が灯っていた。
「世界を敵に回してでも、お傍に置いてくださる……。ならば、この命ある限り、わたくしもその居場所を守り抜くと誓いましょう。何があっても、決して、離れません」
たとえ、瞳が死んでいても、その想いだけは鮮烈に。
もう、逃げ道なんてどこにもない。あまりに重い想いの枷。
避けようのない運命が、僕を捕らえていた。
(……これ、十九歳の僕の器量を、明らかに超えてないか???)
***
「うーん。実にマズい」
それから僕は、久しぶりの気晴らしに没頭していた。
なにかって? 実験に決まってんだろ。
「魔物肉の除染、もっと効率化できるか試してみたが……。結論として、ゴブリン肉は、どう料理したところでマズいな」
「いつも言ってるけど、今日も言わせてもらうよ。君は正気かい?」
オノレは今日も今日とて、正気を疑ってきた。
だが、なにを言う。領地への食糧供給は、切実な話である。
僕も、いつもお腹を空かせているのだ。
「黒銀結晶を生産するついでに、食用肉まで確保できたら、一石二鳥の最高経営だろうが!」
「……その『ついで』の二次利用は、研究の優先順位を下げてくれないかな」
「あー、もうっ。青銅鹿なら、除染すれば美味しく食べられるんだけどな。でも、薄切り肉じゃなくて、ステーキで食べたいな~」
「ていうか、どっちも所詮、魔物でしょ。……絶対、品種改良された家畜の方が美味しいよ」
「おーい、オノレ。なにかいいアイデアはあるか(聞いてない)」
「あのね。俺は黒銀結晶の有効利用策を模索してるんだ。バカげたグルメ要件で、邪魔しないでくれるかな」
心が狭いやつだ。
仕方ないから、話題を変えてやる。
「じゃ、楽しい話題にしようぜ。乗馬服の令嬢っていいよな」
「…………俺も否定はしないけどさ、いきなりどうしたの?」
「いや、急に目覚めたんだ。人類はもっと乗馬服女子を愛でるべきだと思う。これは布教の価値がある」
「うん、わかったよ。気が散るから、もう一生黙ってようか」
なんと冷たいやつ。
これで、親友を自称するのだからどうかしている。
「一応。俺も報告があるよ、君の世迷い言より、数万倍有益なやつ」
「僕の話題を、無益扱いするのをやめろ」
「例の噴霧器の破損理由だ。対綿毛戦で大破したやつ」
「……ああ、あれか」
思考が、一気に引き締まる。
あの時、噴霧器が土壇場で破裂したせいで、危うく瓦解するところだった。
「原因は、白骨茸の廃水成分にあった」
「どういう意味だ?」
「あの廃液。腐食性が、想定以上に高かったんだよ。高圧で稼働させ続けると、金具や接続部を内側から食い破ってしまうほどに」
「あー……なるほど」
最初に壊れた奴は、噴射試験を多めにこなした機体だったのかも。
「事前に気付くのは……難しかったか」
「予兆はあったはずだけど、当時は時間がなさすぎたね。出陣まで三日を切っていた状況じゃ、素材の耐性試験なんて無理だよ」
「よしんば、気付いても……改良整備できなかったよな」
つまり、どうあがいてもトラブルは無くせなかったのだ。
結局、少人数で綿毛の魔人を討伐するしかなかったのだ。
すると、オノレがふと独り言のように零した。
「しかし、今回のことで、聖騎士ロダンを完全に味方につけた。これは大きいよ。やはり君は、他人を乗せることに関してだけは才がある」
「一瞬褒められた気がしたけど、実はバカにしてんだろ」
しかし、不思議ではあった。
なぜあの堅物――聖騎士ロダンは、己の立場を危うくしてまで、リュスを気に掛けるのか。
無論、騎士の理念には反していないが。少々、理想が過ぎるように思った。
「そのことか。なにもおかしくはないよ、アスタ」
「なぜだ? 教会本部の命令は絶対だろうに」
「ロダンの出自だよ。彼の家柄は元々、フルーレス公爵家の末端家臣だ。聖王教会に入り、俗世から離れたとはいえ、染み付いた『主家への忠義』までは消せなかったんだろうね」
「あいつが、フルーレス家の家臣……?」
意外すぎる事実だった。
「でも、家名すら持たない平民さ。だが、世代を遡れば……騎士を輩出したこともある」
かつて、下級騎士を輩出した――平民の血筋。
なるほど、言われてみれば。
ロダンが常に、厳格な聖騎士として振る舞う理由。
そして、リュスに対してだけ、姫君への敬語や所作が混じってしまう理由。
あの堅物にとっては、それこそが存在証明だったのだ。
自らが、先祖のような騎士で在りたい、という。




