第49話 ハッタリ投資劇、魔物の死骸を金貨に変えるっ!
――さあ、それから間もなくして。
ヤバマーズ領の空気は、一変した。
相変わらず空は、どんよりと灰色に濁り、風は乾いたままだ。
だが、漂うのは陰鬱さよりも、確かな生の喧騒。
もっとも、それは王都のような華やかさとは程遠いもので――。
「我が勇猛果敢なる猟兵たちよ! 諸君らのこれまでの献身に報い……今後は、仕留めてきた魔物に、正当な『報酬』を支払ってやろうではないかっ!」
「「「…………ええっ!?」」」
僕の宣言に、広場に集まった屈強な男たちが一斉に目を剥いた。
あまりの衝撃に言葉を失う彼らを前に、あえて尊大に、領主としての仮面を深く被り直す。
「ただし、無制限というわけにはいかん。……いくら特別とは言え、各々、決まった頭数までの上限付きだからな!」
おずおずと、代表して片目の男が前に進み出てきた。
「そ、そりゃあ有り難いお話でございやすが……旦那。まさか、あのケチな教会が定めた『害獣駆除法』を、復活させてくれるんで?」
「あー。……昔は、ヤバマーズにもそんな制度があったらしいな」
通常、聖王教会は、信徒から税を集め、特定の害獣に懸賞金をかける。
キツネやイタチ。果てはゴブリンの類にまでな。
あんなもの、金がもらえないなら狩る価値もない。
だが、ここは司祭すら逃げ出す、この見捨てられた土地。
そんな慈悲深い制度はとうの昔に途絶えていた。
「いいや、教会など知ったことか。僕は僕のやり方でやる。ヤバマーズ領主の名において、独自に魔物を買い取る。僕と共に地獄を潜り抜けた、お前たちだけに、な!」
「……俺たち、だけ、ですか」
猟兵たちの間に……じわじわと、火がつくようなざわめきが広がっていく。
「そうとも。ただし条件がある。首だけでなく、胴体もなるべく欠損させずに運んでこい。原型を留めていればいるほど査定は上がるぞ」
「えっ、胴体もですかい……? そりゃまた、どうして……」
「文句があるなら買い取らんぞ?」
「いえっ! 承知しやしたぜ、旦那!」
猟兵たちは、顔を見合わせる。戸惑いながらも、眼にはギラついた欲望が宿り始めていた。
「おい、死体丸ごと運ぶのは骨が折れるぜ」
「バカ言え、金になるならゴブリンどころか、トロールだって運んでやらぁ!」
「しっかし。あんな気味の悪いモン集めて、旦那は何を企んでるのやら……」
さあ、事の経緯を説明しておこう。
僕は猟兵らに、恩賞として半年間、密猟権を解放してやったわけだ。
だが、悲しいかな。もうヤバマーズには、ろくな獲物など一匹も残っちゃいないのだ。
いるのは、毛皮にも肉にもならない害獣か、醜悪な魔物くらいなもの。
「恩賞だと言っておきながら、結局タダ働きかよ!」と、後から暴動を起こされても困るだろ。
だからこそ、僕はこいつらに仕事を与えてやったのだ。
しかも、この魔物換金の特権は、死地に付き合った猟兵たち限定ライセンス。
ふははは、これなら不公平感も出ないし、プライドも満たされるだろうな!
追加でこき使われているだけなのに、人間とは実に単純な生き物だ!
我ながら、最高の采配。見てほしい、この活気を!
「さあ、暇な奴らはついて来い! 早速、森のゴブリン共を狩りに行くぞ! 白骨茸もあわせて持ち帰れば、旦那からたんまり色が付くって話だぁ!」
「「「うおぉぉぉぉー!!」」」
木の根を齧り、泥水を啜って生き延びてきた連中が――ようやく「明日は腹いっぱい食える」と確信した瞬間に放つ、剥き出しの熱意。
その余波は他の領民にも伝播。
何か新しいことが始まるのではないかという期待感が、村全体を包み込んでいた。
「……上手くいけばいいんだがな、本当に。ここから先が綱渡りだぞ」
「まあまあ。この僕が付いているんだ、心配はいらないよ、アスタ」
隣で、オノレが自信満々に胸を張る。
「お前は気楽でいいよな!? 僕が借金まみれになったところで、なにもかまわなもんな!」
「あはは、ひどい言い草だな。もちろん、きっちり返済してもらうまでは、君に死なれては困るよ」
「返済が終わったら、死んでもいいのかよ!?」
さて、この買い取り資金をどこから捻出したのか。
答えは至極単純だ。
……この通り、ラプラス伯爵家にさらに借金を重ねたのである。
「うう、くそぅ……。辺境貴族に、現金なんてあるわけないだろうが。だから、雇用だって現物支給にしてるっていうのに!」
「まいどありだね、アスタ。さあさあ、馬車馬のように働いて、ラプラス伯爵家を儲けさせてくれ」
「……僕はいつのまにか、奴隷に成り下がってしまったようだな」
でも、これも未来への投資だ。
どんな事業も、まずは借金から始まる……と自分に言い聞かせる。
猟兵らが持ち帰った魔物から、新鮮な臓物や血液を抽出。
そこから、例の白骨茸の煮汁を触媒にして、黒銀結晶を精製。
これこそが、僕が描き出した新たなヤバマーズの産業――名付けて『魔物資源化工業』の第一歩なのだから。
「呆けてる暇はないよ、アスタ。ほら、あのお客さんたちの相手もしてあげて」
オノレが、指差した先。
屋敷の門前に、数台の馬車が列をなしている。
「な、なんだよ。あれ……借金の取り立てか?」
「君、まさか他にも借金あるの? あれは近隣の商会からの問い合わせさ。ご丁寧にお土産付きだ」
オノレは、楽しげに笑った。
「みんな黒銀結晶の利権を狙って、鼻息を荒くしている。……古株のマッケンジー商会も、ライバル急増で大慌てだろうね」
「おい。……まだ何も売るものなんてないぞ」
「だから、そこは君のハッタリの見せ所だろう? 実態がなかろうが、投資を引き出すんだよ、アスタ。みんなの夢が覚める前に、ね」
「仲介役は、ラプラス伯爵家だろうが……お前が矢面に立てよ」
「うん、交渉は俺がやろう。でも『毒喰らいの男爵』直々の情熱的なプレゼンは、君にしかできないはずだ」
オノレは、なにかを見透かしたように目を細める。
「投資家たちはね。これから、君のその必死な顔に金を払うんだよ」
「……僕の演説は、見世物じゃないぞ」
容赦ない親友だ。
だが、これこそがこの領地を……そしてリュスを救う唯一の細い糸だと、僕にも分かっていた。
「……わかったよ。適当に景気の良さそうなホラ吹きながら、時間を稼いでやる」
「さすがだね。その図太さ、俺には到底真似できないよ~」
「そろそろマジでぶっ飛ばすぞ、貴様」
そこへ、キビキビとした足取りでリュスが近付いて来た。
手には分厚い帳簿と、羽ペン。
「アスタ様。商談のスケジュール、および現在集まっている投資案件の精査。贈呈品の目録を整理いたしました。それから特別措置として、新しい流通ルートのための免税計画も試案しました」
「え、あ……はい。ありがとうございます……」
差し出された書類にぱっと目を通すが、文句の付け所もなかった。
「免税計画ってのは?」
「関所と取引の、優遇措置ですね。手札になるかと」
「……ごめん、全然ついてけない」
公爵令嬢としての教養と実務能力、恐るべし。
というか、これでは僕の方がリュスに頭が上がらなくなる未来しか見えないのだが……?
「あの、アスタ様」
「な、なんだ?」
不意に、リュスが書類を胸に抱え、上目遣いに見つめてきた。
「仕事が終わりましたら、また……その、抱擁をさせてくださいね。わたくし……悪い夢を見てしまいそうで。なんだか、怖くって」
しっとりと仄暗い熱を帯びた暗渠の瞳。
そこにはただならぬ、執着心が混じっている気がして……僕はただ小さく頷くことしかできなかった。




