第45話 エクソシスターの再就職、給与明細は愛でいいの♡
「まあ、好きにやらせてやれ……。代理として、ゲロハルトが行ってこい」
「はあ。かしこまりました」
「なにを、残念そうにしてる。いや、悪かった。……お前も、そっち側だったな」
老執事ゲロハルトは、ヤバマーズ領民たたき上げの従者だった。
僕が出席しないことに、めちゃくちゃがっかりしている。この爺さんの感覚は、領民たちとさほど変わらない。
(でも、考えば考えるほど、オノレが残ってくれたのは幸いだったな。下手に出撃してもらっていたら危なかったかも)
装備丸ごと毒まみれになった人間を、洗浄・解毒するなんて、高度な化学知識がなければ不可能だ。
「はあ。……でも、騒ぎたい気持ちはわかるけどな。酒樽はともかく、今のヤバマーズに宴を催すほどの余裕なんてないはずだぞ」
「おっと、そこは心配いらないよ。我が親友よ」
オノレが、わざとらしく肩をすくめた。
「物資の不足分は、俺が適当に補填しておいてあげるさ。代金はすべてラプラス伯爵家にツケておいてくれたまえ」
「へえ、そいつはありがたい。……で、なにを企んでるんだ?」
「先行投資、あるいは友情の証かな。なあに、悪いようはしないから。ちゃんと、俺が損をしない程度に加減するよ」
「やっぱり商売っ気全開じゃねーか!」
「心外だな。魔人を倒すほどの君だからこその、友人価格だよ」
オノレは芝居がかった動作で、胸に手を当て一礼。
呆れた。どいつもこいつも、死線を越えた後だというのに、どうしてこうもエネルギッシュなんだ。
そこに僕の身体を、ぷにぷにと弄んでいたリュスが、顔を上げる。
「アスタ様、ご安心を。請求書は、わたくしが隅々まで検分いたします。不当な利子がついていないか、厳しくチェックさせていただきますね」
「おや、手厳しい。未来の男爵夫人は、金銭管理もしっかりされているようだ」
「ふ、ふふふふ、ふふ、夫人……っ!?」
リュスの顔が、完熟したトマトのように真っ赤に染まった。
「おいおい。変な冗談を言うな、オノレ。……リュスにも、さすがに選ぶ権利というものがある」
悲しいことに、まるで釣り合ってないからな。
自嘲気味に呟くと、不服そうなリュスに、むぎゅっと頬を突かれた。なんだ、それ。やめろよ。
「とにかく、ゲロハルト。悪いが、宴には顔を出せないと伝えてくれよ。この通り、身動きが取れんからな」
「承知いたしました、若様。……ですが、猟兵のまとめ役辺りが『旦那の顔を見ねえと締まらない』等と、押し寄せてくる可能性がございますが……」
「お前が言うなら可能性どころか、確定だろ! 屋敷の扉に閂でもかけとけ!」
やれやれ。
窓の外からは、遠く、村人たちの歌声が風に乗って聞こえてくる。滅亡寸前だったとは思えないほど、力強い歌声だ。
(僕は、ずっとこのまま……領主を、続けていられるのかな)
思わず、物思いに耽りそうになる。
ふいに、と。左腕に走る、火を押し当てられたような痛み。
「……くっ」
「あ、アスタ様。どうかされましたか?」
感傷から現実に引き戻された。酷使した結果、分厚い包帯にグルグル巻きの左手。
見かねたオノレが、椅子を寄せて正面に座る。
「どれどれ。見せてごらんよ、アスタ」
「ああ……。頼む」
包帯を解けば、漆黒の変異があった。
ウロコは、以前よりさらに範囲を、広げていている。そればかりか、漆黒の輝きを増しているようにすら思えた。
「……あ、あぁ……。わたくしのせいで、アスタ様が……」
「違うぞ、リュス。これは、僕が選んだ代償だ」
謝ろうとするリュスを、すかさず制した。
「オノレ。……これ、どうにかなるのか?」
「さあね。医学の教科書にも、魔導書にも載っていないからなあ。これが普通の変異とどれほど違うのか、今の俺には断定できない」
「……そうか」
「だが、興味深いことに。君の肉体は、このウロコを異物として排除しようとはしていない。むしろ、新しい器官として受け入れようとしている」
「器官だと?」
「そう。君の腕は、拒絶反応なく、一種の魔導触媒に作り変えられつつある。……まあ、当面はその激痛と付き合うことになりそうだけどね」
オノレは、新しい薬液を染み込ませた布を当てながら、淡々と述べた。ひやりと染みる。
「ふん、いずれにせよ。僕は、後悔なんかしてない。……腕の一本くらい安いもんだ」
いつものクセだ、強がってみせる。
包帯が巻かれ直された左手。
すると、リュスが大切そうに、両手で包み込んできた。
「……アスタ様。わたくしのワガママを聞いてくださいますか?」
「何をだ? 甘いものなら、景気が良くなるまで待ってくれよ」
「そうではありません。……わたくしは、もう。聖王教会には、戻りたくはないのです」
静かだが、鋼のような意志を秘めた言葉。
聖騎士ロダンがこの場にいたら、泡を吹いて卒倒しそうな台詞。
「リュシエンヌ・ド・フルーリス。……王都の社交界では、既に死んだも同然の名です。ならば、わたくしの残りの人生は――」
リュスは、まっすぐに僕を見つめた。
かつて、死の歯車に澱んでいたはずの暗渠の瞳に……今、自分自身の意志が宿っている。
「毒喰らいの男爵様の……その、不束者ですが、せめて、お傍でお仕えさせていただきたいのです。わたくしの剣も、この命も……すべてをアスタ様に捧げます」
え。それって――もしかして!?
「つまり、うちで雇えってこと? 悪いけど、給金は払えないぞ。せいぜい現物支給だ。あとは、えっと、密猟と薪拾いを見逃すくらいの特典しかないぞ?」
「……そうじゃないだろ、アスタ。ここまでされてまだわからないか」
冷静に、オノレに突っ込まれた。
何が違うってんだよ。ヤバマーズ男爵領の財政は今、火の車なんだってば!




