第44話 むぎゅむぎゅむぎゅー、お熱い生存報告
むぎゅ、むぎゅむぎゅ。
腕に伝わる、あらがえない弾力。しっとり肌に吸い付く、体温のプレッシャー。
正直に言おう。めちゃくちゃ気に障る。
いや、語弊があるな。あまりの破壊力に意識の九割を持っていかれ、目の前の大事な話にこれっぽっちも集中できない。
だが、僕はあえて平静を装い、優雅に壁に背を預けている男――オノレへと視線を投げた。
「それで。戦場に残った連中は、どうなったんだ?」
「いつからそんな殊勝になったのかな、アスタ。目覚めて開口一番、部下の心配かい?」
「うるせぇ、いいから答えろ。僕は今、極限精神修行中なんだ」
「え、それ、どういう意味?」
オノレ・ド・ラプラスは、困惑。青い前髪を指先で弄びつつ答える。
「まあ、安心したまえ。重軽傷者は山ほどいるけど、信じられないことに、死者はゼロだ。一人も欠けずに、この陰気な村へ帰還したよ」
「それは……奇跡だな」
「奇跡?」
「ああ、神の慈悲だの、そんな言い方は嫌いだが。他に形容のしようもない」
死者、ゼロ。
タンポポゾンビの大群に、綿毛の暴嵐。猟兵たちの装備もどんどん自壊していった。
あの状況を思えば、全滅の二文字すら覚悟の範疇。それを思えば、奇跡で片づけることすら生ぬるい。
むぎゅむぎゅ。
思考の隙間を縫うように、離れまいと密着度を増してくる柔肌の感触。無視だ、無視しろアスタ・ド・ヤバマーズ!
「で、僕はどうやって運ばれた? 奴を仕留めた後、気絶したのは覚えているが……あそこは森の深部だったはずだろ」
その問いには、リュスが夢見心地な声で応えた。むっぎゅーっ。
「ああ、それはですね……。意識を失ったアスタ様を、ロダンが軽々かついで脱出したのです」
「本当に、アイツ人間か? ……かなり、ボロボロだったと思うが」
敵の猛攻を、後半は盾もなしに生身で受けていたはずだ。
いくら聖騎士の血清を打っているとはいえ、普通なら死んでいてもおかしくないだろ。
「ええ、本当に。でも、シスター・マグダリアの治癒を受けて、溌剌としていましたよ」
「だから、アイツは本当に人間かって聞いてるんだよっ!?」
なんなら、僕よりアイツの方が重傷に見えたんだけどな!?
「そんなことよりね、アスタ」
「なんだよ。手当の件なら後でたっぷり礼は言うさ。……ただし、今の僕に払える金はないぞ」
「そっちじゃなくてね。いや、医療費と技術料はきっちり請求するつもりだけど」
「がめついな、伯爵家のくせに!」
さっきから、オノレの視線が痛い。
ニヤニヤしている、顔がムカつく。
「ニヤつくな。言いたいことがあるなら、さっさと言え」
「いやあ、実に気が散る光景だと思ってね。アスタ、それ、なに?」
オノレが、顎でしゃくった先。
そこには、僕を抱き枕と勘違いしてると思うほど、ぴったりくっついて離れない……リュスがいた。
僕が目を覚ましてからというもの、彼女は一瞬たりとも離れようとしないのだ。
いや、まあ。
僕が気を失っている間に、毒まみれの衣服を処理し、身体を拭いてくれたのもリュスだというから、頭が上がらないのだが……。
それはそれ、これはこれだろ? でも、だからって、憧れの女性を突き放せるわけもなく……。
「……見ての通りだが? 何か文句あるか」
「いいや? 命懸けで魔人を討伐し、『今日』を掴み取った英雄には、相応しいご褒美じゃないか。羨ましすぎて、涙が出るね」
「棒読みだな。お前、内心ではバカにしてんだろ」
そこに、空気を読んでいるのかいないのか、
老執事ゲロハルトが忍び寄って、報告を入れる。
「若様、村の広場にて戦勝祝いの宴の準備が整いましたが……いかがなさいますか?」
「行けるわけないだろ! この、物理的に拘束された状態を見ろッ!」
「しかし、主役不在では締まりませぬぞ。猟兵たちは、すでに全員出席の構えです」
「おい、元気すぎんだろ!? 帰還直後は中毒症状で全員死にかけだったって聞いたぞ!」
白骨茸の毒は、そんなに生易しくない。
出来合いの防毒マスクだけで、耐えられるものかよ。
「左様でございます。ですが、オノレ様とシスター・マグダリアの迅速な処置が功を奏したようで。……皆幸せそうでしたな」
「多幸感も、中毒症状だよ! お前、知ってんだろ!」
「ですが、戦勝祝いは、生き残った将兵の権利です」
「それはそうだ(素直)」
そこを認めなかったら、地方領主は務まらないが――。
「ですから、猟兵らも『たとえ死んでも、祝杯を挙げずに死ねるか!』と、包帯姿で酒樽を担いでおりまして」
「バカの集まりかよ! 別に、今日じゃなくていいだろ!」
いや、あいつらがバカなのは百も承知だが。
だから、ヤバマーズの領民は嫌いだ!




