第41話 十秒の向こう側、泣きじゃくる君に明日をあげる
終焉へのカウントダウン、残り三秒。
満開寸前、歪む空間。
天に座する綿毛の魔人は、磁力線の束ねて、喉奥にある暗黒へ収束させる。
そびえ立つ巨木は、力の中継塔だった。
黄金の花畑から、空高く伸びる不可視の滑走路。
この場に咲き誇る、数万のタンポポすべてを、綿冠と変え、ヤバマーズ領を埋め尽くすため大規模魔術。
目の前で、我が身を犠牲にし続ける仲間たち。僕は覚悟を決めた。
(……さあ、ようやく僕の番だ)
背負っていたネジ巻き式ボウガンを、構える。
装填されているのは、最後の秘策――黒銀結晶を練り込んだ特製ボルト。
「この距離からでも――当てて見せるっ!」
外せば、終わりだ。勝機を狙おうと、指に力を込める。
だが、伝わってきたのは、信じられないほどに軽い手応えだった。
「……っ!?」
思わず、目を見開く。
愛用のボウガンは、破損していた。相次ぐダメージに耐え切れなかったのだ。
(この土壇場で、鉄くずになりやがったかッ!)
思考が、濁りかける。
だが、好いた女を――リュスを、あんなにもボロボロになるまで戦わせたのだ。
(それがどうしたっ! 今さら、武器が壊れた程度で、膝を折る理由になるものかよ!)
『――さあ、現状を打破せよ』
脳髄で、ヤバマーズの血が囁く。
こんな鉄くずはもういらない、迷いなく投げ捨てた。
『――この戯けた現実を、ひっくり返せ』
傷だらけの左手を、眼前へと突き出す。
頼みの三日月の刃は、もうそこにはない。
代わりに、ボルトを掴み――左手のウロコへ、押し当てていく。
――カチリ。
ボルトが、ピタリと吸着。
「僕の左手こそが、貴様を貫く最後の武器だ。……これまでのツケ、利子付けて返してやるよ」
――全神経、強制同調。
僕の異能と、含まれる黒銀結晶の周波数が、寸分の狂いなく同期。
ボルトが僕の一部となる。神経が通り、電流が走るような鋭い感覚。
今や、この左手は、一つの砲身へと変貌を遂げていた。
「貴様の異能は、完全に見切った。……そのパワーに、タダ乗りさせてもらうッ!」
パシィィィィィィィンッ!!!
それは、発射ですらなかった。
魔人が発する絶大な磁気ポテンシャル。その引力の波動に――ボルトをそっと置いてやっただけに過ぎない。
魔人が作り出した破滅のレール上を、黒銀結晶のボルトが滑走開始。亜音速を超えた。
衝撃波が、立ち込める霧も、綿毛も、なにもかもを吹き飛ばし――。
「場に満ちた、貴様自身のエネルギーで消えろッ!」
光の条となったボルト。行き先は、力の中心。
まさに今、『満開』という滅亡を引き起こそうとしていた――魔人の喉奥、主導管の核へと突き刺さる
「……ア、アタ、チ……オウ、チ……ニ……」
綿毛の魔人に充満した超高圧の魔素と、黒銀結晶が大衝突。
励起された結晶は、エネルギーを持つ触媒。
臨界状態のボイラーへ起爆剤を投げ込むに等しい、物理学的・魔術的な禁忌。
巨大魔術回路そのものが激しくスパークし、白い頭部に無数の亀裂が刻まれていく。
「終わりだ、お姫様。……もう、誰も待たなくていい」
――ドォォォォォンッ!!!
閃光が、花園を覆った。
凄まじい衝撃波が吹き荒れ、たまらず腕で顔を覆う。
「ア……。オカ……ーサ……、ムカエ……ニ……キ……」
魔人エグレットの巨躯は、眩い光の粒子となって霧散していく。
そんな奔流の中で、一瞬だけ。
綿毛の仮面が剥がれ落ち、透き通るような少女の顔が、穏やかに空を仰いだ気がした。
無数の綿毛たちは、統制を失って枯れ落ちていく。
訪れる、静寂。
「……これで、十秒、だ」
そう。ひどく。ひどく永く。果てしない十秒だった。
僕には、理解できない……何十、何百という、残酷な犠牲の歯車を乗り越えて。
預言された滅亡を、物理法則の彼方へと叩き落としたのだ。
……代償に、左手からは、煙が上がっていた。
急激に力が抜ける。意識が遠のく。
「アスタ様……っ!」
抱きしめられているような、ぬくもり。
霞む視界のすぐそこに、リュスの顔がそこにあった。
ベールを脱ぎ捨てた瞳から、大粒の涙が溢れ出している。でも、顔はひどく憔悴し、今にも消えそうなほど儚かった。
(結局……なにも守ってやれなかったな)
そんなことをぼんやり想う。
二年前と同じ。僕は、憧れの貴婦人に、手を差し伸べられない男のままだったんだ。
「勝ち、ました。わたくしたち、死ななかった。……アスタ様も、ロダンも……誰も、死ななかった。初めて……初めて、これからの朝を迎えられる……」
リュスが、子供のように声を上げて泣きじゃくっている。
でも、残念ながら、今の僕には……もう、格好をつけることも、慰めることも、できる力は残されてはいない。
(あげるよ、明日なんて。明日はさ、誰もが持ってていいんだ。だから……)
舌が動かなかった。
――世界が暗転。
(あーあ。頼むから、幸せになってくれよ。……リュシエンヌ。僕には……そんな甲斐性は、やっぱりなさそうだからさ)
はは。どうやら、僕では、貴女を守れないらしい。




