第38話 死と踊る狂騒。貴様の殺意は、僕のもの。(前半)
陽気な楽園は、死の檻となる。
「――散れッ!」
回避と同時に、数多の蔓が交差し、僕がいた地面を破砕。
ズドォォンッ!
もはや、これは爆撃に等しい。地面に土煙が巻き上がり、タンポポごと地形が消し飛んだ。
魔人エグレットが振るう蔓は、鋼鉄の鎖を束ねた如き圧倒的な質量を伴い、空気を絶叫させた。
「付け入る隙が、ありませんっ! 攻防一体……まるで意思を持つ嵐です!」
「ぬぅぅうっ! 確かにこれでは、近寄ることすら叶わんぞッ!」
こちらがどんなに連携を試みようと、綿毛の魔人はすかさず、的確な迎撃を積み重ねてくるのだ。
「やはり、タンポポだ! 僕たちは足元から、動きを見張られているっ!」
「なんと面妖なっ!」
唸るロダンが、迫りくる蔓を渾身の力で弾き返す。
ガキィィィィィィィンッ!
するとなんと、植物と衝突したはずの大剣から、火花が散った。
(大剣が衝突して、火花が出るだとっ!? くっ、表皮が結晶化してやがる。ケイ素でも、構成に使ってんのか?)
しなやかな鞭でありながら、表面強度は超硬質。さきほど突破したゾンビ共とは、比較にならないほど強靭さだ。
用意した毒も、この表皮も突破しなければ通用しない。
「僕の狩猟刀じゃ、まるで刃が通らんな。柔軟な癖に、どうしてこれほど硬い!? 化け物め、どれだけ強欲な進化を遂げれば気が済むんだ!」
おまけに、奴の『遊び』はただ振り回すだけでは終わらなかった。
「アハハッ、オニーチャン、アソボ! 逃ゲチャ、ダメ、ダヨ?」
「おっとっ!? マジか!?」
――ヒュッ、ヒュバババッ!
蔓の先端が枝分かれし、槍のように鋭く突き出される。
一発。飛び出す刃に、掠めただけで、肩の布鎧が紙細工みたいに引き裂かれた。
「アスタ様っ!」
「構うな、リュス。僕はヤバマーズの当主だぞ! いいから、この背中を見ていろ!」
僕は左手、ウロコの拍動。その導きに従う。
「右、上、三本。死角から一本――来たっ!」
僕はあえてステップを大きく踏み、そこからバク転。
派手に立ち回ることで、綿毛の魔人の殺意を独り占めにする。
「そうだ、僕を狙え! 最高の獲物はここにいるぞ、綿毛っ!」
「オニーチャン、踊ッテルノ? アタチモ、踊ルー!」
魔人が歓喜の声を上げるたび、死の舞踏のテンポはさらに加速。
だが、僕が『デコイ』の能力を活かし、狙われば狙われるほど――奴の鉄壁の警戒網には、思考の偏りが生まれるはずだ。
「お前ら、三時方向から奴を叩け! 僕が合わせてやるっ!」
腰のベルトから、陶器瓶を手に取った。当然、中身は白骨茸の濃縮廃水。
「直接、ぶつけてやりたかったが――割られる前に、ブチ撒けるしかねえ!」
この猛攻の間隙を縫うのは、常人には不可能だ。
だが、僕にはヤバマーズ家が代々培ってきた、無駄に素早い身のこなしがあるっ!
「いっけぇええええッ!」
その極意は、死の境界をなぞり往く、限界曲芸っ!
ウロコの導きが頼り。迫りくる蔓を足蹴にし、トントンと空中へと飛び上がっていく。
「ナニソレッ!? オニーチャン、ズルイッ!?」
「今だっ!」
パリンッ!
すかさず、空中から投げつけた毒液が、タンポポ畑を汚染していく。
ブシュゥゥゥッ!
不快な腐食音、巻き起こる毒ガス。愛らしい黄色い花々が、どんどん黒ずみ溶けていく。
「ミエナイ!? タンポポ、枯レチャウッ。アタチノ、オハナガッ」
魔人の悲鳴。視界を奪われた蔓が、戸惑うように空を切る。
狙い通りだ。監視網の一角を、科学的に焼き払ったことで、必勝の布陣に穴が開いた。
「おおおおおっ! 我が一撃っ、聖王の裁きと思えッ!」
絶好の機。ロダンが踏み込み、剛腕で大剣を一閃。
「アェッ、イタイィィッ!? ミンナ、ヤメテヨォッ!?」
綿毛の魔人の本体を守る、蔓のうち三本が根元から豪快に撥ね飛ばされた。
断面から粘液が噴き出すが、再生する暇は与えない。
「――参りますっ!」
リュスが、一筋の銀光と化した。
祓魔女の血清によって強化された脚力が、毒霧に沈んだ空白地帯を駆け抜ける。
空中を浮遊するエグレットまで、あと数メートル。青白い恢復聖剣の刃が、必殺の軌道をなぞる――。
「ダ、メ。オウチ、カエルノ。ジャマシチャ、ダメェッ!!」
綿毛の魔人の裂目が、おぞましくも大きく開いた。
上空に停滞していた無数の綿毛が、意思を持った弾丸へと変貌。リュスの頭上へと、雪崩のように急降下。
「ドウシテ、コンナ事スルノォォォ!」
「くっ! 綿毛が自在に追尾してくるなんて……ッ!」
リュスは銀の残像を残し、身を翻す。
舞うように恢復聖剣を振るい、迫る綿毛を切り払うが、それはあまりに凶悪な二段構えの複合弾幕だった。
一つは、明確な指向性と殺意を伴って放たれる、高初速の種子弾。
もう一つは、その連射の合間を縫うように、ゆらりふわりと不規則な軌道で落ちてくる捕食綿毛。
物理法則を嘲笑うかのような剛と柔の飽和攻撃が、リュスの華麗なる剣術すらも封殺し、じわじわと、確実に、死の包囲網へと追い詰めていく。
――白が、リュスを飲みこもうとしていた。




