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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右


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第35話 防衛限界、泣き虫な預言者(キミ)に勝ち筋を

「とうとう、綿毛が降ってきましたね……」


 不安げなリュス。ぎゅっと恢復聖剣を握り締める指先が、白く強張っていた。

 僕はそんな彼女へ、不敵に笑いかけた。

 こんなマスク越しでは、表情なんてこれっぽちも伝わらないだろうがな。


「いいか、リュス。現場指揮官には、最低限、必要な才能がある。幸い、僕にはそれがあるのさ」

「……それは、どのような才能でしょうか?」

「声がデカくて、胃腸が丈夫なことだ。つまり、何が起きても、ビビらずに大声を出して、ストレスで腹を下さない。それだけで問題の半分程度はなんとかなる」


 ヤケクソ気味な軽口を叩きつつも、僕は神経を研ぎ澄ませた。


 まず、猟兵たちは二手に分かれた。

 一方は、円形筒の長物を取り回す。突貫で仕上げられた、皮張りの大型木傘だ。

 バサバサッと力強い音。前線に、重厚な傘の屋根が連なる。


「いいか、隙間を作るなよ! 一片でも触れたら、死ぬと思えっ!」


 重い樽を背負った男たちは、即席の屋根で身を隠し、取り付けられたハンドル(・・・・)を必死に回し始めた。

 キリキリ、キリキリと歯車が悲鳴を上げる。


 だが、空から来たる終焉(しゅうえん)は、こちらの準備が整うのを待ってはくれない。


 ゆらり、ゆらり。

 先んじた綿毛が、緩やかに降り注いでくる。頭上を埋め尽くす死。

 猟兵たちに走る動揺を、僕は怒声で叩き潰す。


「みんな、僕を信じろっ! そこから一歩も動くなっ!」


 パチッ、バチバチッ!


 傘の布地に綿毛が触れた。途端、金属すら貫くはずの、凶悪な根が黒ずんでいく。

 獣脂と白骨茸を煮凝りにした忌避剤(きひざい)が、ぶ厚くたっぷり塗られているのだ。


「……信じられんな。あの死の雪が、ただの皮傘で防げるとは」


 聖騎士ロダンが、傘越しに仰ぎ漏らした。


「防いでるんじゃない。構造的欠陥を突いて、返り討ちにしてやったんだ。……綿毛は脅威だが、組織が脆弱だからな。あんなの、薬品に対しては全裸みたいなもんだ」


 僕は答えつつも、視線を走らせた。各員が背負った樽、自作の目盛り。

 空気は十分に圧縮され、猛毒液が今か今かと解放を待っていた。


「いつでもイケるぜ、旦那ぁっ! 俺ぁ、腕がパンパンだっ!」

「今は待て(ステイ)だ! もっと引き寄せろ! 今は、その……そう。ボウガンでの牽制だっ!」


 ――迷った。

 投入できた噴霧器(スプレイヤー)の台数は、決して多くない。その上、弾薬となる毒液にも限りがあるのだ。


「ああ、もうっ! 前回みたいに、魔人がノコノコと姿を現せば、有難いんだが――ッ!」


 そしたら総員で浴びせかけて、一気に除草完了。万々歳だ。

 だが、そうはならない嫌な予感があった。


(……左手の甲にある黒いウロコが、ピクリとも伝えてこないな?)


 あの時の、心臓を握り潰すような不吉な威圧感が嘘みたいに静まり返っている。


(まさか、あの魔人……満開とやらまで、奥でジッとしてる気かよ。そりゃ、一番めんどくさい展開になるぞ)


 忌避剤を塗った皮傘も、綿毛を受け続ければ、いずれは薬液が摩耗し、効力は失われる。

 防御に徹する時間は、そのまま敗北へのカウントダウンだ。


 這い寄る、タンポポゾンビの群れ。ますます密度を増す綿毛の吹雪。


 その時、ヤバマーズの血が、先祖の誰かが囁いた気がした。

 『おい、七代目。出し惜しんで死ぬのが、一番の無駄遣いだぞ』ってな。


「……今だ、噴霧開始ッ! 森を、白骨の息吹(ブレス)で塗り潰せぇッ!」


 噴霧器(スプレイヤー)のレバーが、一斉に引き絞られた。


 シュゴォォォォォッ!!


 ノズルから噴射された、ミスト状になった白骨茸の廃水。上空へ、前方へと凄まじい勢いで立ち込める。


 効果は、劇的だった。

 空を優雅に舞う綿毛が、バチバチと()ぜては、黒い煤となって消えていく。

 前方から迫っていたゾンビ共の、黄色い花弁もろとも蔓が腐り落ち、ただの死骸へと戻っていった。


「――ッ!? アスタ様、ご覧くださいっ!」


 リュスの叫びと、ほぼ同時。

 左手のウロコが、千切れんばかりに激しく震動。

 降り注ぐ綿毛の密度が、かつてリュスの腕を奪った、最悪のレベルへと跳ね上がったのだ。

 白色の津波が、間一髪で毒の息吹と拮抗。なんと、火花まで散らし始める。


「もし、アスタ様の判断があと一歩遅かったら――」


 いや、安堵の暇などない。背後で、ブチンッと不吉な音。


「うぁあああっ!? 俺の噴霧器(スプレイヤー)が、壊れたぁぁっ!」


 まず、一台。ノズルが、過剰な圧力に耐えきれず吹き飛んだ。

 勢いよく吹き出した毒液が、地面を叩いて飛び跳ねる。防衛の布陣が崩れた。


「待て、慌てるなっ! 隣がカバーしろっ! ……クソっ!」


 僕は左手へと、三日月の刃を収束させた。自ら囮となって飛び出したが、わずかに遅かった。

 一人の猟兵(シャスール)が、綿毛に食らいつかれる。


「いぎゃぁぁっ!? 死にたくねえっ、死にたくねえよぉ!」


 鋭い根が、男の外套を貫き、布鎧(ギャンベゾン)を割り、肉へと迫る。

 だが、まさに食い込もうとしたところで――綿毛は急速に萎れ、枯れ果てた。


「……はあ、はあ。俺、生きてる? 生きてるのか!?」

「当たり前だ、しっかりしろ! 傷は浅いっ!」


 外套にも、布鎧(ギャンベゾン)にも、白骨茸の成分を染みこませてある。

 綿毛を枯死させるまでのコンマ数秒――その時間稼ぎのために、仕立て屋を、この三日間不眠不休で働かせたのだ。


 とはいえ、そこまでしても……当たりどころが悪けりゃ死ぬ。


「アスタ様っ、このままだとっ!?」


 リュスが縋るように、僕の袖を掴んだ。

 そこに浮かんでいるのは、深い深い暗渠(あんきょ)の色。今にも泣きだしそうな絶望の目。


「なんだ、リュス。……いや、まさか」


 すぐに察した。察してしまった。


「――僕が死んだのか?」


 リュスは答えなかった。喉から「ヒュッ」と短い吐息を漏らしただけだ。

 だが、理解した。この『今』の先で、僕は死んだのだ。


 そして、惨劇の果てを体験したリュスは、まさにたった今――この時間に『戻って』きたのだ。


(僕は散々自信満々に、大丈夫と言っておきながら……呆気なく死んだのか。この女に、もうそんな顔をさせたくなかったのに)


 僕は、揺らぎそうになる。戦場において、戦いを忘れそうになった。

 が、踏みとどまった。


「まだだ。……まだ、僕の勝ち筋は消えちゃいない」


 ここで僕が膝を折れば、それこそリュスの視た『確定した未来』になってしまう。


「アスタ様、もう、やめてください。これ以上は……っ」


 リュスの震える言葉を、僕は強引に遮った。


「リュス、ロダンッ! 聞けっ!」


 決めた。僕は、選んだ。

 これは想定していた中でも、一番最悪なプラン。

 それでも、確かに選んだ。


「今から、僕たちだけで魔人をブチ殺しに行くぞ」


 元より、守って勝てるとは思っていないから、ここに来たのだ。


 どうにか限界が来る前に、敵の本陣――あの魔人が潜む深淵に向けて、強引に突破口を開かねばならない。

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