第34話 平和の死者(ゾンビ)に洗礼を。お前ら頭から除草剤な!
道中は、驚くほど順調だった。
臆病なゴブリンは、僕らの殺気に気圧されて寄り付かず。
血迷って突っ込んできた魔物や吸血植物も、熟練の猟兵たちの手によって容易く蹴散らされた。
「なんて、巧みな技の数々でしょうか……」
リュスが、感嘆を漏らす。
聖騎士ロダンも頷いた。
「確かに聖騎士たちですら、こうも易々とはいかぬだろう」
「強さにも、いろんな形があるってわけだ」
我らがヤバマーズの猟兵は、隠密と劣悪環境を踏破する能力だけなら、王都の正規軍すら凌駕する。
なにせ、日頃から僕の目を盗み、森を駆け回っている連中だ。
(しかし、本当に現金な奴らだな。……僕が密漁を良しとしたところで、今のヤバマーズに、まともな獲物がどれだけ残ってるって言うんだ?)
どいつもこいつも戦場に向かう高揚感と、鼻先にぶら下がったご褒美に目が眩んでいる。
僕はヤバマーズの民の、こういう浅はかさが気に食わんのだ。
「全員、止まれ。……旦那様、あれですかい?」
先頭を行く、片目の猟兵が制した。
ついに辿り着いた、乾いた霧との境界線。が、明らかに記憶より近すぎた。
「チッ、境界が迫って来てやがる。諸君、覚悟を決めろ。僕はこの先に用がある」
「わかりやした。……いいか、皆の衆。鼻を鳴らすな。足音を殺し、耳を澄ませろ」
これは魔人に到達するまでの距離が、伸びたことを意味する。
(……予定よりも深く霧に潜り、進行する必要がありそうだな)
日の届かない森を、さらに覆い隠す混迷の領域。
整然と進めば、霧の向こう側には、点々とそれらが転がっていた。
森を駆けていたであろう野生動物。徘徊していた魔物の成れの果て。
肉体は植物の根によってズタズタにされ、頭部からは、あまりにのどかな黄色い花が垂れ下がる。ぶらり、ぶらり。
――ガサッ。
立ち上がる死骸ども。
「アスタ様……!」
「ああ、来たな。早速、タンポポゾンビの歓迎会だ」
思いの外、僕はワクワクしていた。肩に担いだネジ巻き式ボウガンを、水平に構える。
「フェーズ1。まずは挨拶代わりだ。撃てッ!」
僕が号令を掛ければ、ボルトの雨が霧を裂く。
狙いは正確だ。猟兵たちの放ったボルトは、ゾンビたちの腐肉や蔓へ次々と突き刺さる。
「さあて。これは効くのかな?」
正直あまり期待はしていないが、ちょっとした実験だ。
タンポポゾンビたちは、痛みを感じないし、矢も槍も有効じゃない。
心臓を射抜かれようが、植物の根が神経や筋肉の代わりをして肉体を駆動させる。
本来なら、この程度の射撃では足止めにすらならないだろう。
だが――。
「見ろっ!」
誰かが叫んだ。
矢が突き刺さった箇所から、煤けて黒ずんでいく。さながら、インクが滲むように。
瑞々しかったはずの蔓も、蛇のようにのたうち回ってボロボロになった。
「効いてる……本当に効いてやがるっ!」
「あの化け物は、殺せるんだ!」
猟兵たちが、喜色にどよめく。
ボルトの先端には、白骨茸の成分を練り込んだ毒脂が、これでもかと塗られていたのだ。
しかし、僕は冷ややかに推移を見守った。
(やはり、ボウガンだけじゃ決定打にはならないな)
白骨茸の成分は、確かに有効だった。
植物の根と動物の死骸が高度に癒着したこの魔物にとって、白骨茸の廃水は、細胞レベルの劇薬。
それでも、一本、また一本と矢を受けながらも、ゾンビたちは執拗に距離を詰めてくる。
「アスタ様、仕留めきれません! 矢の消耗が早すぎますっ!」
「わかっている! ボウガンはあくまで牽制。僕の実験は終わらないっ!」
ボルトに塗った程度の、成分量で殺しきれないのは計算済みだ。体積に対して、合わないからな。
「次は陶器瓶だ! 投擲杖を構えろ!」
続く号令。猟兵らは、動作を切り替えた。
手にするは、棒の先端に革のカップを取り付けた投石用具。
人力よりも遥かに遠くに届く、古くも冴えたリーズナブルアイテムだ。
「全員、装填完了っ!」
「よし。……放てッ!」
数十の小さな陶器瓶が、放物線を描き、タンポポゾンビの群れへと放り込まれた。
――パリンッ!
破砕音。高濃度に濃縮された煮汁が飛散し、魔物の死骸と絡み合う植物の蔓へと浴びせられた。
「ギ、ギガァアアアアッ!?」
直後、痛覚がないはずのゾンビたちが、激しい痙攣を起こしてもがいた。
シュゥゥゥゥゥゥゥッ!!
毒液を浴びたタンポポの蔓が、茶褐色に変色し激しく沸騰。
聖騎士ロダンが、驚愕した。
「なにぃっ!? ゾンビが苦しんでいる、だとっ!?」
「もし、獣が変異した魔物であったなら、こうはならなかっただろうな」
こいつらは穴だらけの死骸に、根と茎を張り巡らせている。そこから、たらふく濃縮した毒液を、吸収してしまっていた。
「……信じられません。前回戦った魔物たちが、どんどん殲滅されていく」
「いいか、リュス。死体を使う手遣い人形。そんなもの、脆弱な殻に依存した生態に過ぎないんだよ」
駆動系を担う導管そのものが弱点だ。
猛毒で根こそぎ破壊されれば、肉体という重しを支えることは出来ない。
僕は、桶で試した臓物を溶かす実験を、今、この戦場という巨大フラスコで再現してやったのだ。
「いいか、ちゃんと防毒マスクを点検しろよ! この湯気は吸うなっ!」
乾いた霧に紛れて、立ち上る煙。
植物が化学的に分解されて生じる、不快な臭気。死の湯気。
バカな当主たちが命を削り、挑んだ毒の研究は、今や魔物にすらも牙を剥いていた。
「ひるむな、瓶を投げ続けろっ!」
猟兵たちは、領主が作り出した化学兵器の凄まじい威力に戦慄しながらも、手を緩めない。
陶器瓶が砕けるたびに、ゾンビどもは崩れ落ち、沈黙していく。黄色いタンポポの花弁が焦げ落ちていった。
――明らかな優勢。それも長くは続かない。
「……来たか」
第一波を撃滅してやったと思えば、さらなる軍勢。
しかも、今度は上空を綿毛が舞い始めている。ふわふわと、雪のようにな。
「フェーズ2へ移行する! 対空防御態勢っ。噴霧器の圧を上げろ!」
本当の地獄は、これからだ。




