第33話 嘘八百の即興演説、生き残ったら密猟を許可する!
それから三日後。正午の鐘が鳴らされた!
そうだ、決戦の時が来たのだ。
予知された満開とやらが今夜なら、凶悪な花弁を開く直前、蕾のうちに踏みにじってやるが最善。
陽光が弱まったヤバマーズにおいて、正午という時間は、太陽と影の輪郭がぼやけた薄暗い灰色の世界に過ぎなくなってしまった。
しかし、それでもなお、陽の光は人類にとっての味方であり、期待できる唯一の友軍だった。
僕は広場に設えられた、木組みの台に上る。
眼下に集まった領民たちの、不安と期待が入り混じった視線。
僕は、これを一身に浴びながら、腹の底から声を張り上げた。
「いいか、よく聞け!このヤバマーズ始まって以来、最大級にクソったれな危機がすぐそこまで来ている! 敵は、この領地を苗床に変えようとする化物どもの大軍だッ!」
集結したのは、緊急招集した領内随一の腕利きたち。我らが猟兵。
厚手の布や綿を、何層にも重ねた布鎧。羽織る外套。鉄傘帽に防毒マスクと、物々しい恰好に身を包む。
「今回の敵は、ただの魔物じゃないぞ。正体不明の魔人が率いる、歩く死体の軍勢だ。さらに厄介なのが、空飛ぶ種っ! 触れれば一発、身体に死の花が咲く。……だが、案ずるな! 手筈は整えた!」
そこで、わざとらしく一拍。肺いっぱいに息を吸い込む。
「僕の言う通りに動けば――絶対に勝てるッ!」
――大嘘だ。
全力を尽くしても、負けるときは惨めに負けるし、死ぬときはあっけなく死ぬ。
それでも、景気の良い大ボラを吹いて、死地に追いやる。それが領主という道化が担うべき役目なのだ。
「旦那様ぁっ! 俺たちが仕留められない獲物なんざ、この森には一匹もいねぇよッ!」
「おおっ、そうだそうだ!」
「おっと、領主様っ! 代わりに今期分の密猟は、綺麗さっぱり見逃してくれるんだろうな?」
飛ぶ、下品なヤジ。
ドッと広場に、野太い笑い声が伝播する。
「公然と聞くな、バカ野郎がッ! だが、いいだろう。今回ばかりは約束してやるとも! 生き残った暁には、好きなだけ鹿を獲れ! ついでに蔵にある酒樽も出してやるっ!」
「そいつは最高だぜぇッ!」
「よっしゃぁああっ! 野郎ども、聞いたかよ! 今夜は宴会だぁああっ!」
「だがなっ、しくじれば、お前ら全員タンポポの肥料行きだ! 墓に入れると思うなよ! せいぜい祝杯目当てに気張りやがれっ!」
僕が返せば、男たちは地鳴りみたいな雄たけびを上げた。
(ふむふむ、意気揚々じゃないか。僕の即興演説もそう悪くなかったらしい)
すると、僕の隣で祓魔女リュスが啞然。目をぱちくりさせていた。
「あの……アスタ様。今、はっきりと『密猟』と不穏な言葉が聞こえたのですが……」
「ああ、気にするな。なんて勇敢な英傑たちだ、とでも思っておけばいいんだよ」
「はい。わたくし、驚きました。これほどまでの戦意と活気を見せる人々を、これまでの回帰では一度もみたことがありませんでしたから」
「そうか。ヤバマーズの連中は、ろくでなしで強欲だが、決して弱くはない。しっかり生き汚いのさ」
リュスがこれまで視てきた滅亡の光景。
そこには蹂躙され、逃げ惑い、苗床にされるだけの領民しかいなかったのだろう。
「でもな、リュス。ぶっちゃけてしまえば、こいつらの大半は密猟や闇取引で生計を立ててる。法的には死刑になってもおかしくない『ならず者』なんだよ」
「ええっ!? そうなのですか?」
「ヤバマーズじゃ、森への勝手な立ち入りと獲物を仕留める行為は厳禁だ。領主……つまり、僕の財産だからな」
「……ええ。森の恵みは、土地を治める王や領主の所有物とされていますから」
「だが、この貧乏男爵には、広大すぎる森を監視する狩猟番を雇う余裕なんてあるはずもない」
だからこそ、歴代のヤバマーズ当主は、とある暗黙の了解を伝統として継承してきた。
獲物の一部を、黙って屋敷に放り込むなら、普段は目を瞑ってやろうと。有事の際、こうして命を投げ出す私兵が必要になるとわかっていたから。
――この不毛の地に、血で署名された社会契約。
「土地を継げなかった農家の次男坊や、三男坊。偏屈すぎる人里離れた、炭焼き職人や木こり。……そんな、まともな社会からはみ出した連中こそが、この地における最大戦力なんだよ」
「……」
「どんな人間にも、役割や居場所ってのが必要なのさ。あー。それでも調子に乗る奴がいたら、見せしめにするけど」
「どんな人間にも、居場所が――……」
リュスは噛みしめるように、小さく反芻した。
横顔には、自らの過酷な境遇を重ね合わせる悲痛さが滲んでいた。
「アスタ様は……真の意味で、この過酷な現実と向き合い。清濁を併せ呑みながら、統治しておられるのですね」
「よせやい。全然、そんな高尚な話じゃないよ。……いや本当にねっ!?」
そんな真摯に、褒められても困る。思わず、僕は顔を背けた。
一方、聖騎士ロダンは憮然としつつも、「戦場が綺麗ごとで済まぬのは、同意する」と珍しく頷いたのだった。
出陣の寸前。シスター・マグダリアが、慈愛に満ちた表情で僕らの前に立った。
「ヤバマーズの誇り高き勇士たちに、幸あらんことを。皆さんが無事に、温かなスープの待つ場所へ戻ってこられるよう、祈っております」
死ぬかもしれない連中に、捧げられる清らかな祈り。聖騎士ロダンは敬虔に頭を垂れ、猟兵たちは一層の勇気を得たようだった。
「坊やも、頑張るのよ。……無茶はしないでね」
「人前で『坊や』はやめてくれ。……だが、ありがとう。マグダリア」
やはり、マグダリアの心遣いは、この荒んだ領地において唯一の清涼剤。
しかし、リュスだけはマグダリアと目が合った瞬間、弾かれたように逸らしていた。
(うーん。やっぱり、この二人は致命的に相性が悪いらしい。女同士の、何か複雑な領域があるのかねえ)
そんな小さな違和感に蓋をして、僕は決戦の準備を完了させた。
***
「行ってらっしゃいませ、若様。爺めも、あともう十年若ければお供できたのですが……」
「いいから、ゲロハルト。お前は守りを固めてろ。……留守は頼んだぞ」
オノレが、相変わらずの不遜な態度で手を振った。
「いざという時は、俺が女子供を逃がすくらいはしてあげるよ。……まあ、そうならないことを祈るけどね」
結局、こいつにも立場がある話。
ラプラス伯爵家の貴公子に、「一緒に死んでくれ」とは頼めなかった。
だが、オノレがいるだけで、もしもの時の保険になる。それは非常にありがたいことだった。
灰色の霧が立ち込め始めた、不吉な森への進軍。
僕たちは、死の帽子――大量の白骨茸を煮詰めた、猛毒の廃水を積んだ樽を背負い。
絶望の連鎖を断ち切るために、一歩、また一歩と深淵へと踏み込んでいった。




