第32話 死には死を。求ム、お前を根絶やしにする冴えたやり方。
「ところで、アスタ。魔人との交戦経験は?」
冷静沈着なオノレの切り出し。沸騰しかけの脳味噌が、いきなり冷却された気分になった。
ヤバマーズ歴代当主の武勇伝には、確かに『魔人討伐』の記録がある。だてに、魔物だらけの領地に住んじゃいない。
が、こと、僕個人に関して言えば――。
「前回の遭遇戦が初体験だ。尻をまくって逃げ出しただけだが」
「うん、そうか。そうだろう、ね……期待した俺がバカだったよ」
「おいっ、その哀れみの目をやめろ! これから屠殺される豚を見る時の目だろ、それっ!」
でも、言われて気付いたぞ。そっか! 先祖に出来たんだから、僕に出来ないはずがないな!(謎の自信)
「よしっ。とりあえず、オノレ。なにか逆転のアイデアはあるか?」
「ええ? アイデア出すのは、君の特技だろ。……そうだな。隣領に救援を乞う、なんてのは?」
「来るわけねーだろ!」
この世に、地方貴族が毛嫌いするものが三つある。
「一つ、エゴまみれの身内っ! 二つ、遠慮がない徴税官っ。そして三つ目が――地続きに住んでる隣の貴族だああっ!」
僕は指を三本立てて、力説した。
隣の領地なんて、仲が悪くて当然だ。この百年、川の利権だけで何回、血で血を洗う殺し合いを演じたと思っているんだ。
「あはは、身も蓋もないね。でも、ヤバマーズがなくなったら、近隣諸侯も困るんじゃないの?」
「そりゃ、うちがなくなったら、この辺りの魔物が一気に溢れ出すからな」
ヤバマーズは生きた蓋だ。魔物を、領外に出さないための防波堤。
だからって、喜んで兵を出したがる聖人なんていやしない。
「仮に、僕が『三日後に滅亡するぞ』なんて言ったところで、奴らは、僕がすべてを差し出すのを待つだろうよ。自分の庭先に火がつくまで、絶対になっ! ああ、お前のその青い前髪を賭けたっていいっ!」
「……勝手に、俺のアイデンティティを賭けないでくれるかな」
「はあ……。で、ちなみにだ、ラプラス伯爵は土下座したら助けてくれそうか?」
「俺の父に、かい? うーん、条件次第だけど……そもそも三日じゃ軍を動かす前に、君たちはタンポポの肥やしだよ。遠すぎるもん」
「だよなあ……」
他力本願タイム、終了。
結局、自力でどうにかするしかない。いつものことだ。
するとオノレは、自らの顎に指を添え、試すような視線を投げてきた。
「そもそもの確認だけどさ。援軍がいたら、なんとかなりそうな話かい?」
「……というと?」
「村を埋め尽くすほどの綿毛だっけ。兵の数さえあれば解決する話なのかな、と思ってね。ほら、俺、実際に見たわけじゃないから」
「あー……」
想像してみる。
百人、いや千人の屈強な兵たちが、このヤバマーズに整列している光景を。
「無理だな。最悪のシナリオしか浮かばない」
「へぇ、どうしてだい?」
「あの綿毛の厄介なところはな、接触した瞬間に、肉体に根を張るところだ。あの根は、金属鎧すら貫通するんだぞ。浸食されたが最後、あとはタンポポゾンビが一体追加されるだけだ」
つまり、大軍を並べれば並べるほど、敵の戦力を増やしてやるだけ。
「そうなんだね、必要なのは数じゃないってことか。……なら、何が必要だと思う?」
「数じゃないなら……質か? いや、強いだけじゃ勝てない。ならば、弱点を突く相性か。……いや、それ以前に……」
暗雲が立ち込めていた思考に、一筋の閃光が走る。
「まず、必要なのは……あの綿毛を、村に、いや、人体に触れさせないための――何か、か?」
でも、村全体を覆う屋根なんて張れるはずもないし。それに金属を貫くんだぞ? 生半可な装備じゃ……。
すると、悶々と悩む僕を目の前で。
オノレはなぜか楽しそうに笑った。
「そうだ、ところでアスタ。……これまでの研究で出た廃水だけど、どう処分してた?」
「廃水? そんなもん、すぐそこの藪に――」
いや、待て。言いかけて、思考が止まる。
気付けば、僕は、解体小屋から駆け出していた。
――そして、見た。
廃水捨て場に広がっていたのは……漂白されたような『白』。
半径数メートルの草木たちは、真っ白に干からびて枯死していた。
驚くべきは、そこには森特有の匂いすらなかったことだ。分解者である菌類や虫までもが毒液に焼き払われ、枯草は腐ることすら許されない。
「……白骨茸の、廃水だ……」
原因を理解した。
命の循環が止まった、無菌の真空地帯。めんどくさがりな僕が、うっかり生み出してしまった無惨な光景。
なのに思わず、込み上げてくる笑いを抑えきれなかった。
「ふははははっ! さては、オノレめ。気付いていただろう!」
いつだよ、どのタイミングで思いついた? わかってたなら早く言えよな。まったく、なんて奴だっ!!
だが、それでこそ、我が親友だ!
「ククク――このキノコ、いける。いけるぞっ!」
***
「ゲロハルト! ゲロハルトはどこだ!」
僕は屋敷に入ると、老執事の名を叫んだ。
すぐさま、影のようにスッとゲロハルトは現れる。
「爺めは、ここにおりますよ。若様、いかほどお急ぎで?」
「緊急事態だ。今すぐ村の腕利きを集めろ。仕立て屋、鍛冶師、それから腕に覚えのある猟師連中だ」
「左様でございますか。……して、召集の名目は?」
「三日後に、ヤバマーズが滅ぶ。それをブチ壊すための突貫工事ってやつだ!」
執事ゲロハルトは、眉一つ動かさなかった。
普段なら「お疲れのようですね」と、白湯でも運んでくるようなジジイだが、うちの爺さんは従軍経験ありの古強者だ。
「戦、でございますね。……直ちに」
「よし、武器庫も解放しろ! 獣脂も炭も。あるだけ必要だ!」
「御意」
一変して、引き締まったゲロハルトを見送る。
すぐに、村中が騒がしくなり始めた。
「……アスタ様。これは……何の騒ぎでしょうか」
不安げにリュスが、僕へと声を掛けに来た。
背後には、聖騎士ロダン。仏頂面だが、事態が気になって仕方なさそうにしている。
「気付いたんだ。『綿毛の魔人』には、いくら守っても勝てん。なにせ、村を埋め尽くす物量だぞ。どうしようもない」
「――っ!?」
一瞬だった。
リュスの瞳が、希望を失い。沼のように濁った暗渠の色に支配されていく。
「そう、ですよね。……もう、勝てない。わたくしは――」
「ああ、勝てないな! だから、『守る』なんてヌルい真似はやめて、こっちから根絶やしに行ってやる! 打って出るんだ!」
だが、すぐに瞳が、驚きに見開かれた。
おいおい、まさか僕が諦めたと思ったのか? もしかして、言い方が紛らわしかったかな、本当にごめんな。(ガチ反省)
「ヤバマーズ総力戦だ! リュス、ロダン。僕を信じろっ!」
人海戦術だ。近隣から、白骨茸……ヤバマーズ・デッドキャップをかき集めまくってやる。
だが、死の帽子を被るのは、僕たちじゃない。
――あいつらの方だっ!




