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第3話 【検証】調理する人間を、殺す毒

 空気の入れ替えが、一段落した頃。

 執事のゲロハルトは、怪訝そうに尋ねてきた。


「若様……煮るだけで、毒ガスを発生させるキノコなど、あり得るのですか?」

「もちろんだとも。毒が水溶性で、かつ、揮発するタイプなら、煮ることで毒ガスを生むこともあり得る」

「……う、ううむ。それは、どういうことなのでしょう?」


 僕は驚いた。そんなに難しいことを言っただろうか、と。


「いいかい、ゲロハルト。お前が食べてる『土粥』を思い出せ。土は煮ても土のままだろ?」

「もちろんです。土は、どう足掻いても土ですから」

「でも、このキノコは違うのだ。こいつは煮ると、自分の毒を『湯気』に変え、鍋の外に逃がそうとするんだ」

「毒を逃がす、のですか?」

「そう。その逃げ出した『毒の湯気』が、部屋に充満すれば命取りさ。きっと、父上は、キノコを食べたから死んだんじゃない。部屋に満ちた『毒の湯気』を食べて死んだんだよ」

「おお、毒の湯気を食べて死ぬ。なんとも、恐ろしい……」

「ああ、窓を開けろって言った理由が、ようやっとわかったか? ……この部屋は当時、もしかしたら、死のサウナだったかもしれない」


 初代のイカサマ師も驚きの、とんでもないハメ技だ。まさしく、初見殺し。


「しかし、未だに毒の湯気とやらは、残っていたのでしょうか?」

「わからない。父上が亡くなってから、日が経ってるから大丈夫とは思うけどな。念のためだよ」


 でも、父上は、記録を読んで知っていたはずなんだよな。二代目が特産品にしようとして中毒死した事件。


 あれも、食べたからではなく、『煮炊きしたから』だったみたいだからな。

 なんにせよ、父上は、白骨茸の取り扱いを誤ったに違いないんだ。


「さあて。次は、早速試してみないとな」

「なにを、でございますか? なにやら、とても嫌な予感がするのですが」

「決まっているだろう。今度は、白骨茸の実験だよ」


 執事ゲロハルトの顔が、絶望に染まった。


「若様っ、正気ですか!? 先ほど自分で『死のサウナ』と仰ったではありませんか!」

「だから外でやるんだよ。風下にさえ立たなければ、僕らへの被害は最小限で済む」


 まあ、実験と言っても、新しいことなどしない。

 まず、僕がすべきなのは、記録にあった内容が、事実かどうかを確認することだ。


 相手が、ご先祖様だろうが、父だろうが。いいや、仮に、偉い賢者様だろうが、書いてあることを鵜呑みにしてやるつもりは全くないのだ。


「なんなら、すべて勘違いということもあり得るからな」


 早速、白骨茸を、森から採取して来た。これは、あちこちに生えているから、見つけるのに苦労はない。


「ふむ、これ自体は特に、嫌な香りはしないな。むしろ、どこか甘い……香辛料にも似た深みある香りがする」

「若様っ!」

「わかってるって。かじったりしないよ」


 さて、マスクを装着。

 風通しの良いところで、鍋に放り込み、火にかける。近くには、カゴに入れた虫、ネズミ、グリーンゴブリンを吊るしておいた。


「さあ、適度に離れないとな」


 ただし、森火事には、気を付けなければ。まあ、この魔の森は焼き払おうと思ったところで、そう簡単に燃えるものではないけれど。

 少し離れて、見守ることにする。


「さあて、どうなる?」


 ヤバマーズ・デッドキャップ。鍋の白骨茸が、ふつふつと踊り始めた。

 しばらくすると、白く濁った湯気が立ち昇る。遠巻きに漂う香りは――。


「あれ、やっぱり、普通に旨そうな匂いだな? 甘い香りが広がっている」

「食べてはなりませんよっ!?」

「はいはい。口うるさい奴だ。でも、これで納得だ。二代目も死ぬわけだよ。鍋を覗き込みながら、毒の蒸気を肺いっぱいに吸い込んだんだろうな」


 性質が完全に、罠だ。調理する人間を、殺す毒。


 さて、まず最初に反応したのは、カゴの中の虫たち。

 狂ったように羽を震わせたかと思うと、すぐに動かなくなった。

 続いてネズミが、短い悲鳴を上げて、ぴくぴくと横倒しになる。


 そして、もがいていたグリーンゴブリンすらも、せき込み泡を吹き、最後には白目を剥いて、沈黙した。


「ひぇぇぇっ!? 爺の目が、土の食い過ぎで腐ったのでなければ……魔物が、わずか数分で絶命したように見えるのですがっ!?」

「ああ、僕にもそう見える。ほほう、こいつは期待以上だなぁ」


 懐中時計で、時間を計測。……そろそろいいか。

 近づき火を消しにいく。目がチリチリする。喉がわずかに焼けるようだ。


「どうやら、刺激性があるな」


 まず、注目すべきは、キノコではない。死んだネズミを、僕は慎重に観察した。


「おおっ! 見てみろ、ゲロハルト。ネズミの死体に、変異がないぞ」


 通常、魔素にあてられて死んだ生物は、肉体が醜く膨張したり、結晶化したりする。魔物化に失敗した場合の特徴だ。

 だが、このネズミは四肢を硬直させながらも、姿を保っている。


「それがなにか? 単に、毒で死んだだけではありませんか!」

「まあ、聞け。ゲロハルト。おそらく、この毒の湯気は、魔素そのものじゃないんだ」

「……はあ?」

「そして、ゴブリンも死んでいるだろ? ということは、やはり魔素そのものではない。魔物は、魔素に耐性があるだろうからな」


 一番わかりやすい仮説は『魔素を蓄えるキノコ』だったんだが、ちょっと違うらしい。


「でも、魔素が豊かな土地に生えるということは、少なくとも魔素を養分にしてるはず。でも、放出するガスは、魔素じゃないとして……ふむ、ネズミにチアノーゼあり。こいつも泡を吹いているな。神経毒か? ……よっしゃ、あとで解剖しよう」

「そんなもの、持ち帰らないでください!?」

「命を粗末にするのはよくないぞ、ゲロハルト。さすがにネズミを食う気にはならんが、有効活用せねばな」

「ゴブリンは食べようとなさるのにっ?!」


 理解不能という目で見られた。いや、ネズミなんて腹の足しにならないし、どんな病気を媒介してるか、わからないじゃないか。

 まあ、ゴブリンもどんな病気を抱えているか、わからないけどな。


 僕は、茹で上がってクタクタになった白骨茸を、ピンセットの先で突いた。

 かつて歴代の当主を、さらには父上を狂わせ、死に至らしめた忌まわしき毒キノコ。


「毒が溶けた出汁……死のスープと、抜け殻の肉質が残っているな」

「ま、まさか若様。それを、今から食すとおっしゃるのでは……」

「馬鹿を言え。そんな勇気は……ああ、いや。それも手か」


 魔素は苦かったもんな。味を見たら、魔素が含まれてるかはわかるな。


「よし。よく洗って、もう一度煮るぞ! 毒抜きして食べる!」

「やっぱり、結局は食べるのではないですかぁあああっ!」


 というか、今、無性に腹減ってるんだよな。僕。

 ほくほくとした白いキノコは、無性に美味そうな匂いがした。


 死んだゴブリンをよく見ると、どこか幸せそうな顔をしていた。そう、我が父上の最期のように。

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