第27話 お肉はペットではありません、大学時代の再来
さて、魔物肉から魔素を分離できるかどうか。
僕の異能が磁気に似た性質ならば、悪くない案だと思ったのだが――現実は甘くなかった。
「あー! 全っ然、上手くいかないっ!」
解体台の上に鎮座する青銅鹿の赤身肉。
これが、まったくピクリともしない。
「アスタ。君、さっきから肉を撫でてるだけに見えるんだけど。あはは、お肉はペットじゃないよ。知ってた?」
オノレはあばら屋の柱に身を預け、意地悪く笑う。
「うるさいっ、集中してるんだよ! こう……魔素だけを『ぐいっ』と引き寄せて、外に放り出すイメージで……」
「イメージ、ね。でも、そのお肉。ちっとも様子が変わってないよ」
「うーん。手をかざすと、反応はある……気がするんだけどな。こう、ピリピリ繊細な振動があるっていうか……」
「ふふっ。また、お得意の主観的感覚ってやつだね」
相変わらず赤身肉は、どんより濁っている。美味しそうとはお世辞にも言えない。
「笑い者にしやがって。えっと、引き抜けないなら、押し出せばいい、とか……?」
感覚を一点に集中させ、肉の深部に向けて力を流し込む。
――ドンッ!
「おっ!? 今、肉が揺れたぞ!」
「うん、揺れたね。……で、手をかざした部分がひしゃげてるけど?」
「ああっ!? やりすぎたのかっ!?」
「生ゴミを、さらにぐちゃぐちゃにする実験なら大成功だね。おめでとう」
仮説:磁場的な力で、魔物肉の魔素を操作できる。
結果:出力が雑すぎて、肉がぶっ壊れた。
「クッソ、諦めないぞ! そうだ。塊肉だから、やりにくいだけなんじゃないか?」
試しに、肉を薄くスライス――失敗。
ならばと、ミンチ状にする――失敗。
煮込んでみた。肉が、湯のなかで踊っただけ――失敗。
「はあはあ……。磁石で砂鉄を引き寄せるみたいに、するっと魔素が抜けてくれたら、最高だったのに」
「本当に、アスタは考えが足りないね」
「なんだと!?」
「その例えで考えるなら、生肉にめり込んだ砂鉄を、外から磁石を振るだけで引き抜けると思うのかい?」
オノレはさらりと、僕が書き溜めていた実験レポートを捲る。
「俺は、今までの君の実験を見たよ。わりと、いい線いってると思う」
「酢や灰を使った実験のことか。でも、あれも魔素抜きにはとうてい――」
「そう、確かに酢や灰を使った実験は、組織を破壊しすぎた。でも、重要なポイントがある。これらを使った時、魔素による『苦味』は、わずかでも減っていたはずだ。違うかな?」
「……ああ。多少は除染できていたんだろうな。けど、肉がボロボロになっちゃ意味がないんだよ!」
僕は、恨めしそうに肉を見た。
すると、オノレはこう結論を出す。
「そう。魔素は、肉と強く結びついているんだ。なら、まずはその繋がりを緩めて、浮かせる必要があるんじゃないのかな」
「結びつき……」
「今までの君の実験は、基礎研究として成立してるんだよ、アスタ。決して、無駄なんかじゃなかった」
オノレが取り出したのは、その辺に生えていた三つ葉の形をした小さな草――カタバミだった。
「カタバミ……それ、染み抜きや金属磨きに使うやつじゃないか」
「常識だよね。この草には、シュウ酸が含まれ、金属と強く結びつく性質があるわけだが……大学で、重金属の分離実験に使ったのを覚えているかい?」
「そりゃ、忘れるはずがない……まさか」
「魔素を、本当に金属だと仮定してみよう。目に見えないくらい、小さい粒――金属粒子というやつだ」
脳内で、バラバラだった知識がパズルのように噛み合っていく。
魔素を、ふわふわとした曖昧なエネルギーではなく、金属の粒子だと仮定する。
「そうか! いきなり磁気で引き抜こうとしても、結びつきが強い。なら、まずは別の物質をくっつけて、肉から剥がれやすくすればいい」
「いいね、アスタ。頭が動いて来たみたいだ。ついでにこれも使いなよ」
次に出されたのは、泡立ちのよい草の根。サボンソウだ。
「こいつは天然の石鹸じゃないか! 浮かせた魔素を泡で包み、再付着を防ぐ。その状態で僕の異能を使えば……」
「もしかしたら、筋肉繊維から魔素だけを液中へと誘い出せる……かもしれないね」
オノレは楽しそうに腕をまくり、準備を手伝い始めた。
ああ、もうっ! こいつ、準備が良すぎるぞ!
僕から話を聞いた時から、アイディアを隠し持ってやがったな! なんて、人が悪い奴だ!
大学時代の――数少ない楽しかった思い出が、蘇える。
帰りたい時間に、僕らは今だけは戻っていた。




