第26話 腕なら生える、メシさえ食えば
「若様っ! いかがされたのですか、その泥まみれの格好は……!」
ほうほうの体で屋敷へ戻れば、案の定、執事ゲロハルトが泡を吹かんばかりの勢いで飛んできた。
「それに、リュス様の腕がっ、腕がああああっ!」
「うるさいぞ、ゲロハルト。……腕ならそのうち生えてくるらしい。騒ぐ暇があるなら、温かい湯と大量のメシを用意しろ」
ゲロハルトを宥めつつも、僕はリュスをソファへ座らせた。
リュスは、ただ暗渠の瞳で、失われた肘先を見つめている。
「はあ、お食事でございますか? 手当ではなく?」
「そうだ。教会の叡智を以てしても、欠損の復元には栄養が必要なんだとさ」
「左様ですか。むむむ、備蓄に精のつくものはあまりなく……」
ゲロハルトは厨房へと駆けていく。
ああ見えて従軍経験のある老人だ。一度方針が決まれば、テキパキと準備を進める辺りは流石というべきか。絶対に褒めてやらないけど。
「……大丈夫か。リュス」
「はい。……申し訳ありません、ご迷惑を」
見れば、断面には既に骨の芯らしきものが形成されつつあった。驚異的な再生速度だ。
「マジかよ。本当に出鱈目な身体だな、お前ら」
「……ご不快、でしょうか」
「いや。死ぬよりはマシだし、正直、羨ましいくらいだ」
「……羨ましい、とは」
リュスは、何か言いたげに唇を震わせたが、結局は黙り込んだ。
本来なら失神していてもおかしくない激痛だろうに。彼女は、耐えることに慣れすぎているように見える。
「そうだ、マグダリアの治癒能力なら、もっと早く――」
「お止めください。……その、どうもあの方が苦手で。教会では気が休まらず、疲れが、とれなくて」
「そう、か」
俯くリュスの姿に、胸がざわつく。
(なあ、本当に腕を斬らなきゃいけなかったのか? 他に方法は――)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。終わったことを蒸し返しても、仕方ないから。
そうだ。過ぎたことは、いつだってどうしようもない。
聖騎士ロダンが、ムスッとしたまま言った。
「ヤバマーズ男爵。……感謝する。貴公がいなければ、吾輩たちは今頃あのタンポポの苗床だったろう」
「お。まさか、態度を改める気になったか?」
「……認めざるを得まい。貴公は腑抜けた貴族ではないのだ、と。これまでの無礼、謝罪させていただく」
「おいおい、いきなり殊勝になるなよ。……やりづらいだろ」
頑固者の聖騎士も、死線を共にしたことで思うところがあったらしい。
「やあ、おかえりアスタ。おおっと、これまた随分と派手なお土産を、もらってきたみたいだね」
オノレ・ド・ラプラスが、カップを片手に現れた。
僕たちの惨状を見ても眉一つ動かさない、相変わらずの不遜な態度だ。
「笑い事じゃない。森がタンポポの楽園になってやがった」
「タンポポ? 素敵じゃないか、なんだか春みたいで」
「死体を苗床にして、綿毛で人間を狩るタイプの春がお好みならな」
「あはは……で、そちらの女性が例の祓魔女だね」
オノレの視線が、リュスを品定めするように走る。そして、悠然とカップに口を付けた。
「ったく、呑気になに飲んでやがる」
「コーヒー。豆は王都からの持ち込みだよ、君も飲む?」
「いらん。……それよりオノレ、お前の仮説は大当たりだ。僕は魔物にモテモテ。綿毛のストーカー軍団に囲まれて、危うく死ぬところだった」
「へぇ。検証出来て良かったじゃない。三日月の刃はどうだった?」
「出せたよ。だが……おかげで今は、腕の感覚がガタガタだ」
手短に森での顛末を説明すると、オノレの瞳がきらりと光った。
「ふふふ、俺の予想を三段跳びで越えていく展開だね。魔人まで出てきちゃったか」
「感心してないで対策を考えろ。あの魔人、僕を『おにいちゃん』と呼びやがった。気味が悪い」
「えっ、君に魔物化した妹がいるの?」
「ふざけんな、いるわけないだろ! ……あの化け物は、いつの時代の人間かもわからねえよ」
思い出すだけで鳥肌が立つ。純真さと残酷さが同居した、あの歪な響き。
大方、森の深層部から、出て来たに違いない。
そこに執事ゲロハルトが、大きなトレイを運んできた。
山盛りの蒸かした芋に、パースニップと干しプラムの山鳩煮込み。
「爺めも、腕は鈍ってはおりません。裏庭で仕留めておきました」
と、ゲロハルトは誇らしげに笑った。
で、聖騎士ロダンも祓魔女リュスも食べる食べる。山盛りの皿が、瞬く間に空になる。
(こりゃ、教会では遠慮してまともに食ってなかったんだな。……欠損再生にこれだけのカロリーを要するなら、今の備蓄じゃ到底足りない)
リュスの傷口を眺めて、改めて思う。なにかしてやれないかって。
原因が僕にあるのなら、責任の取り方は一つだ。
「やっぱ肉だ、圧倒的にたんぱく質が足りない。あんな貧相な山鳩だけじゃ……ダメだ」
***
「で、魔物を獲ってきたと。まあ、誰も食べないと思うけどなあ」
裏手の解体小屋。オノレが呆れた声を出す。
天井からゴブリン、変異狼、そして珍しく仕留めた青銅鹿が吊るされている。
「だが、リュスの腕を治すには、アレじゃ追いつかないはずだ」
「理屈はわかるよ。肉体治癒という超高速代謝に、肉の摂取が必要という推測ね。それは理にかなってる」
「そうだろ。おそらく聖騎士の血清を投与した肉体は、高出力の炉だ。燃料がなきゃ火が消える」
オノレは、冷ややかに言い募る。
「でも、だからって、魔物の肉を食わせるのかい? 聖職者に?」
「……それは、リュスの意思次第だろ」
僕は青銅鹿にナイフを入れ、手際よく皮を剥いでいく。作業をどんどん進めていくと、オノレがうるさくなる。
「待って!? ゴブリンも捌くの?」
「何が問題だ?」
「二本足で歩くやつは、ちょっと……なんか、生理的にダメだろ! 人間っぽくて!」
「哺乳類という意味では牛も豚も一緒だろうが。偏見で差別するな、オノレ。学問を志す者として恥じろ」
「えー、そうか? ……いや、待ってわからなくなってきた」
なんなら、ゴブリンより豚の方が人間に近そうに思えるまであるけどな。
「――いや、そうじゃない。そもそも魔物を食べるなんて、魔物化のトリガーになりかねないだろ! 君の左手が、その生きた証拠じゃないか!」
「ったく、うるさいな。なら、最悪、僕が食べる分に回せばいい。そしたら、まともな食事をリュスたちに回せる」
「……正気かい? 他人のために、そこまでするのか?」
「それに、こういう研究は気晴らしになる」
「正気かい!?」
「おい、2回も言うなよ! 僕が変なことしてるみたいだろ!」
「まさか、変なことをしてる自覚がないのかな!?」
オノレが青髪をわしゃわしゃとしながら、叫んだ。
「そう言うな。今回、試す魔素除去手段は、お前も気に入るはずだ」
「ありえないね。だって、俺が食べたいと思わないもの」
「そうか? なら、例えば――」
僕は左手の甲、黒曜石にも似たウロコを見せつける。
「僕の力が有効に使えるか、この肉に試すと言っても?」
……ウズ。
オノレの眼が、抗いがたい好奇心に塗りつぶされる。
「なるほど。異能による物理的な除染……。それは――実験する価値があるね」




