第24話 タンポポ如きが、僕の研究を先越してんじゃねえよっ!
チリッ! 左手のウロコが不吉を知らせる。
「おい! こいつら――動くぞっ!」
僕が警告を発すれば、聖騎士ロダンは大剣を、祓魔女リュスは青白く波打つ刃を構えた。
最初に立ち上がったのは、ゴブリンの死骸だ。
「グガァアア……ッ!」
喉元を突き破って咲いた大輪のタンポポが、頭部を無理やり引き上げ、四肢を不自然に躍動させた。
それだけではない。変異狼、青銅鹿、巨大鴉――多種多様な魔物が次々に身を起こす。
……その頭に、大きなタンポポを生やして。
「ふんぬぅッ!」
ロダンが振るった大剣が、先頭の群れを両断した。
すると、千切れた上半身から緑色の樹液が噴き出し、断面から蔓を伸ばして絡みつこうと蠢く。
「むぅぅ、なんと面妖な!」
「下手に触れんなよ! 危ないぞっ!」
僕も狩猟刀を叩きこむが、手ごたえが異様に重い。植物の束が、強靭に編み込まれている。って、こんなのよく斬れるな!?
「信じられぬ。これは……死霊術の類か?」
「アレよりは、断然わかりやすい。動物の血肉を使って、手遣い人形ごっこをしてるんだよっ!」
「タンポポが、かっ!? 植物が、意思を持って動いているというのか!」
「意思があるかは知らねえよ! ったく、死体の再利用なんて、たいした節約術だ! まさかタンポポが、僕の研究の先をいってるとはな。マジウケるぜ!」
ピキ、ピキピキッ、とヒビ割れるような異音が、漏れだしている。
死体の内部に張り巡らせた茎や根が、無理やり骨格を動かしているせいだろう。
「ですが、逆に言えば……媒介となる血肉が無ければ、機動力は削げるはずです」
リュスの聖なる剣が、迷いなく魔物の関節を断ち切っていく。
「いやいや、痛覚どころか、手足落としても這い寄ってくるとか厄介すぎるだろ!」
僕は呆れて、悪態をついた。
が、聖騎士ロダンの反応は違った。
「おい、男爵。コヤツらを殺し過ぎたら、問題はあるか」
「えっ? ……血も内臓も、植物に置き換わってるみたいだし。別に、ない、かな?」
「要するに、ひたすら叩き潰してよいのだな。ならばよい」
なに言ってんだ、コイツ?
すると、ロダンは雄たけびと共に突撃した。
「ぬぉぉおおっ! 悪魔滅殺っ!」
戦車のごとき豪快な立ち回りで、魔物の群れを次々と粉砕していく。
「フフフフ、ハハハッ! 吾輩に流れる『聖騎士の血清』が滾っておるわっ!」
うわぁ、コイツ本当に人間かよ。聖騎士って、人間やめてるんだな。
このまま、押し切れる――そう確信しかけた、が……。
「アスタ様、空を見てください。あれは、何……?」
リュスは、上空を捉えていた。
霧の向こう。ふわ、ふわ、と。
空を舞う綿毛が、爆発的に増えていた。
雪のように。祝福を授けるように。
「綿毛? いや、待て――」
サイズがおかしい。一つ一つが牛の頭ほどもある巨大な塊、明らかにデカすぎだった。
白く、美しく、重々しく。
空を埋め尽くすように、一つ、また一つと、森の深部から運ばれて、今まさに舞い降りる。致命的な密度で。
「いやぁぁああああっ!?」
唐突に、リュスが絶叫した。突然、剣を投げ出し、頭を抱えて取り乱している。惨劇を今まさに目撃したかのように。
……理解不能だった。
「死ぬ死ぬ死ぬっ!!? また、みんな死んでしまうっ!」
「ど、どうした!?」
「アスタ様っ、逃げて! 絶対に触れてはなりません! この綿毛は――動物を栄養源とする捕食兵器ですっ!」
なぜ、そんなことがわかる?
リュスが断言できる理由は不明だが……僕のウロコも、コレが危険だと叫んでいた。
「ロダン、退けっ! 囲まれるぞ!」
「……? 何だ、ただの綿毛ではないか。このような軟弱なものが捕食――」
今まさに戦っていたロダンは、一歩遅かった。
先行していた一個の綿毛が、ふわりと肩に着地。鋭い根が射出され、金属鎧を紙のように貫通、ロダンの肉へと深く食い込む。
「ぐ、おぉっ!? 吾輩の、肩がァッ!」
ロダンは、強引に綿毛を引き抜こうとするが……。
「ぐっ、抜けんっ!」
綿毛の弾幕が、僕らを上空から包囲。ゆらりゆらりと、逃げ場を塞ぐように降り注ぐ。
左手のウロコが、ピリリと鋭く知らせた。
(マズい、こいつら……僕を狙ってる!?)
オノレの不吉な予想が的中した。
空中に舞う綿毛たちは、僕を『最高の肥料』とでも認識しているように、不規則な軌道を描いて殺到してくる。
「おいおい!? 僕に花を植えるのは、せめて墓に入ってからにしろよ!?」
タンポポゾンビは、綿毛にやられた成れの果てってか?
生きたまま植木鉢にされるのはゴメンだぞ!
「おい、一度逃げるぞ! 分が悪いっ!」
「しかし、この状況では――」
「こっちに来るなっ! いやだ、来ないでぇっ!」
肩を押さえ苦悶する聖騎士ロダン。恐慌状態のリュスも、綿毛を必死に斬り払うが……。
このままでは全員、タンポポ畑の肥やしになっちまう。
(やるしかないのか。理屈も出し方もわからなかった、あの力を今っ……)
左手のウロコから、小さな閃光が芽吹く。
シチュエーションは最悪だ。だが、材料は揃っている。
『大気中の魔素を、刃状に収束させたんじゃないかな』
脳裏をかすめるのは、オノレの仮説。
転がる死骸、放たれた綿毛、これらを引き起こした存在の強大な気配。
そして、辺りを包む乾いた霧そのものに――僕は魔素を感じていた。
「こんなところで……死んでたまるかぁあああっ!」
僕は、左手を天へと突き出す。
現状を打破しろ。この詰んでる、クソみたいな現実をひっくり返せ! 出でよ!
――スパァァァアンッ!!
「ロダン、リュス! 僕が道を切り開くっ!」
降り注ぐ絶望も、乾いた霧をも切り裂いて。
「タンポポ如きが、僕の研究を先越してんじゃねえよっ!」
……今ここに、三日月の刃が顕現した。




