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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右


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第20話 厄ネタ欲張り詰め合わせセット(元から)

「あはは。良いリアクションだね、アスタ」

「つまらん冗談のつもりか。それとも本気か。どっちだ!」

「どっちと尋ねられたら……両方かな。父であるラプラス伯爵には、逐一報告しろと言われている」


 すかした返答だ。

 窮地に駆けつけたはずの友人が、スパイだと自白する。こんなの落ち着けるはずがない。


「……どうして、ラプラス伯爵がこの件を知っている?」

「俺がバラしたんだ。君の手紙と、同封されていた『黒銀結晶』の見立てをね」

「どうしてだ!」

「遅かれ早かれバレる話だよ。幸い、俺は家族と仲がいい。それなら、ラプラスの意を得てから、ここに来る方が安心さ」


 愛され息子だからね。と、にこやかに話すオノレ。

 

「王都の貴族が友情だけで、動くはずもないとは思っていたが。だからといって、僕に無断で話を通すか?」

「うーん。君が俺以外に手紙を送らなければ、他にも手はあったかもね」

「うぐっ……!?」

「一番まずいのは、俺というクッションを介さずに伯爵家が知ることだよ。違うかい?」


 考え無しは、僕の方。そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。

 認めたくはないが、政治闘争の火種が生まれてしまった。原因は、この『黒銀結晶』だ。

 その上、僕自身もまた、得体の知れないウロコが生え、奇妙な力に目覚めつつある。


 もうこんなの、いつ爆発するかわからない、厄ネタ欲張り詰め合わせセットじゃないか!


(いや、待てよ。だとしたら、オノレがこんなにも早く来てくれたのは……やはり、僕を心配してくれたからか? この状況に、先手を打つために?)


 だとすると、なんて友情に厚い男なんだろう。計算高いけど。

 変な感動を覚えつつ、僕は意を決した。


「オノレ。……この際だ。もう全部言ってしまうが」

「なんだい?」

「実は、僕の体にも変異が出ている」

「――なんだってっ!?」


 僕は、左手の包帯を解いた。

 黒曜石の如きウロコ。見た途端、オノレは椅子から転げ落ちんばかりに身を乗り出した。


「見せてくれ! 触らせてくれ! いや、試しに少し削らせて――」

「断る。あと、そのメスをしまえ」


 ……ダメだ、僕を心配して来たわけじゃなさそうだ。

 まったく、こいつも危険人物だな。この領地に来る人間に、まともな奴がいないじゃないか。(僕は一番まともだぞ)


「はあ。勘弁してくれよ。聖騎士と祓魔女(エクソシスター)が調査に来たと思ったら、親友はスパイ……さらには、暗殺者も予約済みかもしれないだって? 今からでも、冗談に変更してくれ」

「……え、教会から調査が来てるのかい?」

「ああ、そうだ。……なんだ、まだ会ってないのか」


 オノレの声から、いつもの軽薄さが消えた。


「それは確かに怪しいね」

「だろう」

「確かに、気を付けたほうがいい……とは俺も思うけど。祓魔女(エクソシスター)もいるのか」

「どうした。何か問題でもあるのか」

「いや、別に……」


 まさかね、と小声でつぶやく、オノレ。

 ……どうも気になるところがあるらしい。


「なんだ、話せよ」

「うーん。これは君にとってセンシティブな憶測なんだ」

「僕にとって?」

「そう。予想が外れたほうがいい話だから、今はやめておこう。ほら、君もこれ以上、心臓に負担を掛けたくないだろう?」

「確かに」


 どうにも思わせぶりだが、その通りだ。これ以上の爆弾はいらない。

 僕は、気を取り直すことにした。


「さて、オノレ。名誉も報酬もメシもないが、仕事だけは山積みだ。早速働いてもらおうか!」

「えっ。まさか、本当に食事もないの!?」

「貧乏貴族をなめるな。あの求人票に、一切の誇張はない。……そうだ、魔物の食用化実験も手伝ってもらおう」

「なんだよそれ! そんな研究をするから魔物化しかけてるんじゃないか! 俺は絶対に食べないからね!」


 正論はやめてくれ。僕が反論できなくなるだろ?



***



 ヤバマーズの教会。礼拝堂の奥深くにある法衣室にて。

 今や濃密な(いき)れと、独特の芳香に支配されていた。そう、湿った土と甘い蜜が混じり合うような。


「くっ。……思ったように、身体が動かぬ」


 聖騎士ロダンは寝台に横たわり、苦悶の声を漏らす。

 魔熊の猛攻を凌ぎ、放電を真っ向から受けた肉体は……強靭な生命力をもってしても、修復が追いつかない損傷を負っていた。


「……聖王よ、我にご加護を」

「うふふ、そんなに聖王様を呼ばないでくださいな。ここには、あたくししかおりませんのに。……妬いてしまいますわ」


 現れたシスター・マグダリア。豊かな肉体を屈め、傷口を覗き込む。


「――ッ、下がれ、シスター。吾輩には……自浄の加護がある……。聖王の、光が……」

「まあまあ、困りましたわねぇ。騎士様」


 しなやかな指先が、露出した胸元に触れる。慈愛に満ちた看病というより、獲物の鮮度を確かめるような手つき。


「貴方の身体に流れる『聖騎士の血清(パラディン・セーラム)』。そのせいで、あたくしの施し(・・)をひどく拒絶してしまいますのよ? ……子供達なら、すぐに反応してくれるのに」

「やめ、ろ……」

「本当に頑固な人。もっと力を抜いて、すべてを委ねればよろしいのです♡」


 マグダリアは吐息を漏らしながら、自身の指先を僅かに噛み切った。

 傷口から滲み出てた雫。それを、ロダンの焼けた肌へ、直接塗り込んでいく。


「さあ、あたくしを信じてくださいな、ロダン様」

「あ、ぁ……熱、い……?」

「そうです、受け入れなさい。あなたはただ……ここで、お休みになれば良いのですから」


 ドロリとした異質な熱が、どんどん侵食する感覚。


 ロダンは必死に意識を保とうとするが、沈むようにまどろんでいく。

 最後に見たのは、糸のように細められたマグダリアの瞳。暗がりの中で、わずかに……虹色に見開かれた気がした。


「……まぐ、だ……り、あ……」


 ロダンの呟きに、シスターは満足げに微笑む。


「ええ。あたくしは、マグダリア。……ヤバマーズを看取り往く者」


 暗闇に引き立つよう、いっそう淫靡に。



***



 翌朝、礼拝堂に差し込む灰色の光が、ロダンの顔を照らした。


「……あ」


 ロダンは静かに目を開けた。

 驚くべきことに、全身を焼いた痛みも、ひび割れた肋骨の違和感も、跡形もなく消え去っていた。

 それどころか、これまでの人生で一度も経験したことがないほど、気力が充溢し、視界は冴え渡っている。


「素晴らしい。……なんと清々しい気分だろうか」


 立ち上がったロダンが、身体を動かしていると扉が開く。

 祓魔女(エクソシスター)リュスが入ってきたのだ。安堵の溜息。


「ロダン、身体はもう良いのですか」

「ああ。この通りですよ」


 きびきびと動かして見せる、ロダン。


「あの怪我で、一日も経たずに起き上がれるなんて。さすがは聖騎士と言ったところでしょうか」

「いいや、聖王様の加護だけではないのだ」

「え?」


 聖騎士ロダンは、力強く否定する。


「シスター・マグダリア……彼女の献身、治癒の御力あってこそなのだ」

「そう、ですか」

「マグダリアは、実に慈愛に満ちたシスターであった。あんな御方を疑っていた自分を恥じるばかりだよ」


 リュスは違和感を覚える。

 それは確かに、感謝はすべきであろうが。


「何をおっしゃっているのですか? ロダン、貴方はあれほど……マグダリアを不審に思っていたはずでは」


 リュスの問いに、ロダンは眩しいものを見るように、窓の外――マグダリアが子供たちと戯れている庭――を見つめた。


「吾輩は愚かだった。マグダリアの放つ気配を、不要に警戒していた」

「ええ。ですが、それは必要なことで……」

「そうではない、すべては間違いだった。あれこそが苦難を背負う者たちを包み込む、いわば慈母の……素晴らしい救いの在り方だったのだ」


 昨日まで、マグダリアの色香に嫌悪感を持ち、一歩身を引いていたはずのロダン。それが、今や忠実な番犬のように目を細めている。


 リュスは、背筋に冷たい氷を這わされたような戦慄を覚えた。


(違う。……この人は、ロダンであって、昨日までのロダンではない)


 ロダンは、庭先へと駆け付けて声をかけていた。


「マグダリア、水汲みなら吾輩が。その、繊細な御手を汚してはならぬ」

「まあ、騎士様。本当にお優しいですのね♡」


 マグダリアが振り返り、リュスを認めて――くすりと笑う。


 リュスは何も言わなかった。ただ、マグダリアに向けていた自身の不信感が、今や確信に変わっていた。

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