第2話 歴代当主のバカな研究
「次に試すなら、塩だな」
しかし、塩は貴重な生命線だ。
いっそ、備蓄の塩を売って延命した方がマシではないか?
まあ、そうだな。理性はそう言っているんだよ、理性はな。『塩は希少品なんだから、無駄にするんじゃない』ってさ。
「まあ、塩を無駄にするやつはバカだよな。そう、わかってるんだよ。安く手に入るものじゃないって」
でも、成功すれば、全部がひっくり返る。目指せ、起死回生だ!
よく煮て、水気を切った肉を、大量の塩に漬け込んでいく。
ぎゅっと絞られ、グリーンゴブリンの肉は引き締まった。すっかり熟成して、黒ずんでいる。
……これ、塩抜きすれば食べられるか?
「若様が、中毒死するのをみるくらいなら、この老いぼれが口にしますっ!」
「やめろ。お前には、間抜けなヤバマーズ家の顛末を、後の世まで語り継ぐ役目がある」
「そんな御役目に、名誉などありませぬぞっ!?」
名誉? なら、こんな危ないものを家臣に食わせたら、それこそ領主の名折れだろうが。
心は痛むが、忠義の男ゲロハルトを打ちのめしてから食した。
まあ、結論から言うと、ヤバまずだった。
塩っ辛くて、結局苦い。魔素が、肉に結びついているのだろうな。
「ううっ、なぜか舌がピリピリする。その上、煮込んでも硬いぞ!」
食べられなくはないが、食後にひどい痺れと発熱に見舞われた。
「それは食べられるうちに、入りませぬ!」
「味はマシになったんだよ!」
「結局は、毒ではありませんか!」
それはそうなんだが、正論をあまり言うな。まるで僕が、無駄なことをしているみたいじゃないか。
よし、並行していたプランも試そう。灰汁に漬け込む、だ。古今東西、食えないものは、灰汁を活用するものだ。
「肉が柔らかくなったな」
灰汁に漬けたゴブリン肉は様子が違った。
だが、このままでは、灰のせいで食えたものではないので、よく水で洗って酢に漬ける。
シチューにしてみれば、肉の繊維がほろほろ崩れた。食感は悪くないな、だが、アンモニア臭がする。
「……なんで臭いんだ? ゴブリン肉ってこういうものなのか?」
だが、苦みは劇的に減った。しっかり、味付けで誤魔化せば、いけるんじゃないか?
濃い味をつける調味料も、スパイスを買う金もないがな。
「よし、勝ったな! がはははは!」
ダメだったけどな。そのあと、ちゃんと胃がムカムカして下痢になった。
幸い、熱は出さなかったので、かなり改善している。そう、改善しているはずなんだ。
己に言い訳しながら、やはり野草湯で耐えた。
「……だんだん野草湯を煎じるのが、上手になってきた気がする」
そっちが上達したかったわけじゃないんだが。でも、灰汁を使うのは、かなりいい線行った……気がする?
「初挑戦だったし、どれかの処理が不十分だったのかもしれないな」
「若様、もう十分頑張られました。これ以上は……」
「いいや、もう一歩だ。僕は、また魔物を取って食べる。……だから、これはお前が食え」
本来僕が食べるはずの干し芋を、ゲロハルトに押し付けた。残った家臣に、土を食わせる主でいたくはないのだ。
「ああ、若様まで御乱心されたとあらば、亡き奥方様に合わせる顔がございませぬ」
「いいから、干し芋を食え。僕は、もう芋は飽きたんだ」
言い放つと、ゲロハルトは、干し芋を見て泣いていた。
……土粥は、土の栄養はとれるがそれだけだ。雑草と土だけでは、長く生きられんだろう。
(家臣を食わせてやれない主など、いても仕方がないのだ。許せ。……ゲロハルトも、僕がいなくなれば、この地を捨てられるだろうしな)
とは言え、僕だって出来れば死にたくはない。
だがそれから、今一歩、今一歩と思っても。酢漬けにしても、アルコール漬けにしても、野草漬けにしても、上手くいかないのだった。
繰り返しの体調不良で、体力も削られた。
でも、こうなってみると、ヤバマーズ家の代々の当主に、親近感がわくのは当然だった。ああ、人生で一番、あの愚か者たちに愛情がわいているとも。
「今までは、憎くて仕方がなかったのにな。本当に、変な先祖ばかりだ。……まあ、人のことは言えなかったようだが。僕らは……ヤバマーズ家は滅びるべくして滅びるのだな」
妙に、静かな納得感があった。そう、僕らは――滅びるべくして、滅びる。
森と屋敷を往復し、作業に没頭。
代わりに不調な日は、当主たちの日誌を、読み直すようになった。腹が減って、辛くて、苦しくてたまらないのに、不思議と文章は頭に入ってきた。
そうして知ったのは、驚くべきことだった。
書いてあった一文。
『この不毛の地で唯一育つキノコこそ、魔素の濃い大地に抗う存在なのではないか』
阿呆だと思っていた、我らが二代目の残した文章。
『特産とするのは、難しくとも。きっと、なにかの価値があるはずなのだ』
奴から始まった、キノコへの挑戦は――代々の当主たちが、密かに引き継いできた研究課題だった。
読み込めば、読みこむほどに知る。あの戯けたキノコに挑んだ当主が、たった一人ではなかったことを。
「皆、奇行の末、バカな死に方をしたわけじゃなかったとでもいうのか」
だとすれば、父上も……ただの乱心ではなかったとでも?
「いや、乱心は乱心だろうな。皆、やはりバカだったには違いないのだ。……そう、僕のように」
たぶん、僕と同じように声が聞こえたのだ。『状況を打破せよ』と。
追い込まれたら、血迷った真似をしでかすのが、ヤバマーズ家の男子なのだろう。
だが、バカでもいい。今、必要なのは、まだ僕が思いついていないことだ。
父上も、当主録を以前から読み漁り、打開策を考えていたに違いなかった。が、残念ながら、直近の日誌は残されていなかった。
「はあ。まあ、父上は“あの”有様だったものな」
それでも、ヒントは得た。そう、魔物肉の話はなにもなかったが、キノコの話はあった。
「きっと、これも手掛かりだ。そうだ、そうに違いない」
地元民が白骨茸と呼ぶ代物。
ヤバマーズ・デッドキャップと、当主たちは書いているが、これが実にとんでもない代物だ。魔素に汚染された大地にしか生えない、致死性の猛毒キノコ。
地元の人間すら、触れようとする者は早々いない。
かつて、父上は、こう口走った。
「実は、このキノコいけるんじゃないか?」
これまで触れなかった、父上のデスクへと向かう。正直、気持ちの面から、今まで避けていた。
そこにあったのは、ミミズのような意味を成さないラクガキや、図形のようなもの。晩年の父は、常に気分が高揚したように浮かれ、ペンで文字を書くなど出来ぬ有様だった。
まさしく、アレは――発狂だった。
飢えに瀕した僕ですら、キノコを選ぼうとは思えなかった理由がそれだ。
さすがに、あんな風にはなりたくなかった。
だが、もし、父上が言った『いける』が、味を示したものではなかったとしたら?
「――はっ!?」
僕は、直感的に急いで窓を開けた。
父上が亡くなる直前、ここは、大量の白骨茸で溢れていた。
調理器具を持ち込み、さながら錬金術師の工房のように。
「若様、どうかなさいましたか!?」
「念のためだ、ゲロハルト! 屋敷中の窓を開けろ!」
もし、父上が、食していなかったのだとしたら。
そうだ、きっと、父上は扱いをしくじったんだ。
「こいつは扱うだけで、危険な代物なんだ……ヤバマズいぞ」
研究記録にあった。
……このキノコは、煮るだけで毒ガスをまき散らす。
――空気が、マズい。




