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【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右
第三章:崩壊寸前、厄ネタだらけの改革劇。

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第192話 冥想の果て。大嫌いなご先祖様へ、最大限のフェアを。

 苦々しく、オットーは語る。

 僕にはその姿が、罪悪感に滲んでいるように見えた。


「エマは西の森で、子守りと共に行方知れずになった。本当にそれだけのことだ。そこに後ろ暗いことなど、何一つない!」

「嘘よッ! ろくな護衛も付けず、子守りだけに散歩させたとでも言うの!?」

「付き添いの者くらいはいたとも! 西の森は、深くまで入らなければ危険などない。……少なくとも、これまではそうだったんだ」

「でも、現にあの子は姿を消したわ! 嗚呼、エマ……わたしの可愛いエマ……っ!」

「今更、お前には関係のないことだと言っているだろうっ! おとなしく実家へ戻れ!」

 

 崩れ落ち、涙を流し続ける母親。

 冷たい床を何度も拳で叩きながら、呪詛のように口にする。


「サキオン様なら……サキオン様なら、こんな風に私たちを扱わなかったのに……っ!」


 その名が出た、まさにその瞬間。

 オットーの瞳から、すっと一切の光が消え失せた。


「――サキオン?」


 刺すような響き。


「いいか、兄さんは死んだ。我がヤバマーズの名を汚した、あの恥知らずな男はな」


 オットーは一歩、また一歩と女性を追い詰めるように歩み寄る。


「今は……僕が、当主だ。ヤバマーズを守り抜くのは、この僕なんだ」


 そのどこか必死な物言いは、自らを呪縛するようですらあった。


「どうせ、お前のことだ。勝手に、実家を抜け出して来たのだろう。寡婦年金ならば、契約通り払っているはずだ。……もう二度と、僕らの前に現れないでくれ」


 オットーは背を向けると、暗闇へと消えていく。

 残されたのは、打ちひしがれた母親の痛々しい啜り泣き。


 やがて、光の残滓は、砂が崩れるように溶けていった。



***



「今のは、誰だ?」


 胸を締め付けられる光景。僕は、思わず聞いていた。


「エマの生母、ソフィーヤだ。……己(おれ)から見れば、年下の継母に当たる」

「ソフィーヤ……」


 エマの母親のことなんて、深く考えたことがなかった。

 言われてみれば、どうなったかなんて知らない。


「どうやら、己(おれ)の死後はヤバマーズ家を放逐され、実家に帰参していたようだな」

「随分と若く見えた」

「然様(さよう)であろう」


 サキオンの態度は、一見、素っ気ないように見えて。

 だが、どこかその声に力がない。


「……その、あんまり気を落とすなよ」


 なんだか他人事ではなかった。

 込み上げる気持ちのまま、思わずかける慰めの言葉。


 意外そうに、形の良い眉を動かすサキオン。


「貴様は……己(おれ)を、忌み嫌っているのではなかったか」

「なんだ、僕に言われたことを気にしてんのかよ」

「真偽を問うているのだ。嫌悪があるならば、猶更のこと。死者に過ぎぬ己(おれ)に、同情する必要などない」

「……難しいことばっか言う奴だな、素直に受け取れよ」


 正直。未だ、サキオンへの気持ちは複雑だ。

 幼い頃からの憧憬と忌避感。その二つが、ぐちゃぐちゃに縺(もつ)れ合って解(ほど)けそうにない。


 かつて、サキオンが残してくれた書籍群は、古代の偉人たちが紡いだ哲学。

 僕の持つ理想、その精神性の源流は……亡き父上だけじゃなく、間違いなく、こいつの影響を受けていたのだ。


 想い描く、人としてあるべき気高く美しい姿。

 宿る知性、勇気、正義、節制。そして――。


『善い人生を生きよ。終わりなき生が、続くかのように振舞うな。死は常に、そなたの頭上に在り。生きられる今を、その力があるうちに、善くあれ』


 ――古代エルフの王が遺したとされる“冥想録”、そこに記された一節。


 暴力と死が身近にありふれていた、幼い僕にとって。

 恐ろしかった“死”に、向き合うための指針となった。


(……まあ、僕の中での解釈は、たぶんかなり歪つだったんだけどな)


 こんなにも高潔な哲学書を残した男が、恋にトチ狂ってバカをしでかした。

 そう思い込んだら、なんだか救われた気持ちにもなっていた。


 なにせ、僕の周りは、卑怯で不実な大人ばかり。

 そこに気高い理想を持ちながら、あまりの情熱と恋に失敗した大人(ヤバマーズ)がいたかもしれない。


 そう考えたら、どうだろう?

 自分や誰かの弱さを、ほんのちょっと許せるような気がして。

 息苦しかったのが、少しだけ楽になったんだ。


『きっと、サキオンは悪い奴じゃなかった。一生懸命だったけど、バカだっただけ。僕だってそう遠くないうちに、母上みたいにあっけなく死ぬんだろうけど。……できるだけ一生懸命、善く生きてみようかな。でも、そしたらきっと――』


 幼い僕は、その確信のなかで生きて来た。


『どこかで無様に転んで、バカみたいに死ぬんだ』


 命を燃やし、死というゴールに向かって、一分一秒を走り抜けて来た。

 手を抜くことなく、いつか無様に転んでしまう日が訪れるまで。


(憧れるけど、絶対なっちゃいけない大人。僕の頭の中だけにいた……唯一の理解者(サキオン)。まあ、ぜんぶ僕の勝手な勘違いだったけどなぁ)


 無様に愛に突っ走った、哀れなバカ仲間だと思ってたのに。

 信念が一切ぶれずに、国家に尽くし抜いてやがったのだ。

 挙句にゃ「甘えるな」とか説教までしやがって……とんだ、裏切り者だ!


 ……なーんて思考は、ぜんぶ僕の理不尽な押し付けだから口には出さないけどさ。


「はあ……結局さぁ、昔のヤバマーズがすごいってわかるほど、“お前は、僕の代まで、なにも引き継いでくれなかったじゃないか”とも思うわけよ」

「結果としては、確かにそう相成る」

「説教された内容だって、まあ……もしかしたら正論が多いかもしれないけどさ? だからって、お前にだけは言われたくねえんだよ。めちゃくちゃ腹が立つし」

「……そうか」


 思いの外、サキオンは言い返してこない。

 「死人に聞く耳を期待するな」って、言ってこない。


 なんで、黙って聞いてるんだろう?

 ただ、受け止めるような態度に調子を崩されて。

 ついつい僕は……胸に、秘めた本音をぽろっと溢してしまった。


「でも、そんな簡単に割り切れるもんか。お前が嫌いだからって優しくしちゃいけないのか? それは……なんか違うだろ」


 ああ、本音としては色々あるよ。

 親戚たちの物言いは、やっぱり聞くに堪えない。だけど、それもリュスが前に言ってくれた通り、彼らは彼らなりに背負った苦労があるかもしれないし。


「だけど、なんていうか――」


 どうしても、こうも思ってしまうのだ。

 僕はサキオンを、一方的に責める資格がないだろって。


「僕だって、リュスがいなかったらとっくに死んでるじゃん。父上だって、僕になにも引き継ぐことが出来ずに死んじゃったしさ……」


 突き詰めれば、そうなのだ。

 サキオンは、“ありえたかもしれない僕の末路”であり。

 必死に足掻き、なにも残せず死んだ“父上の無念な姿そのもの”でもある。


 今、僕が無事なのは、この世で一番、大切な女性が途方もない犠牲を払い。

 終わりなき苦しみの煉獄(れんごく)に、落ちてくれたからに過ぎない。


 本来、僕が死ぬのは、僕自身の器量の問題。

 ヤバマーズを背負う重圧も、敗北で起きるあらゆる不幸も、僕一人だけが負うべきものだったはず。


(リュスが“僕の傍”以外で安心できる居場所があったなら……きっと、『やり直し』なんか狂った真似はしなくていい。僕が死んだら、さっさとどこかで幸せに暮らしてくれたら一番なはずだ)


 でも、僕は、リュスに居場所を残してあげられてない。

 さっき泣き崩れていたソフィーヤの悲痛さは……そんなリュスに重なる。


「だから、サキオン。お前を上から目線で、許すとかじゃなくて。迷惑被ったら、その分は当事者が文句を言う。そこまでが、僕に許された公正(フェア)な振る舞いなんじゃないかと思うんだよ」

「公正(フェア)か」


 サキオンは頷く。


「悪くない響きだ」

「だろ? お前を罵倒していいのは、今まさに迷惑被ってる奴だけじゃん」

「ならば、それは誰だ?」

「……そう考えると、たぶん一番の被害者は僕かもな」

「なんだ。やはり、貴様が不平をぶちまけたいだけに過ぎんではないか」

「そうかもな。でも、ヤバマーズの責任から逃げた奴とか、無関係な余所者にまで、お前の悪口を言わせたいとは思わないぞ」


 何も知らないような連中に、僕はずっと悪口を言われながら生きてきた。

 だから、そんな理不尽は……もう、うんざりだった。


(なんで、僕がアイツらと同じことをしなきゃならないんだ。だいたい、いくら嫌いだからって、好き勝手に踏みにじっていいわけじゃないだろ)


 ヤバマーズの身勝手な親戚どもも、王都の貴族令息どもも。

 よく知りもしない癖に、誰かを悪く言うなって思う。


 だからこそ、僕が堂々と胸張って言える、一番の文句はこれだ。


「とりあえずさぁ! お前、とことん共感力が低すぎるから、そこはなんとか努力してくれよ。悪気があるかは知らねえけど、話しててすげえイラつくし傷つくんだよ!」


 ガチのストレートな苦言。

 真正面から浴びたサキオンは、しばし顎に手を当てて考え込んだ。


「七代目。貴様は……実に野暮ったく、情念に流されやすい軟弱者だが――」

「速攻で悪口かよっ!?」

「――僻地領主に据えておくには、存外、勿体ない若者かもしれんな」


 予想もしなかった、言葉の刃の裏返し。

 僕は、戸惑うしかない。


(な、なんだよ急に……普通に文句言っただけじゃんか。マジでなんなの、こいつ?)


 そして、身体の万全を取り戻し。

 あえて、増水ギリギリ狙って迎えた決戦の日。


 大っ嫌いだったはずのご先祖様は、いつの間にか――誰より(・・・)大っ嫌いな相棒になっていた。


 いや、マジでなんなんだよ、こいつっ!?

いつも応援ありがとうございます!


「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。


作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
なんだかご先祖様のサキオンにオノレ君に通ずるものを感じる。アスタと友達になれるタイプは、アスタと同等かそれ以上にどこか突き抜けていて、クセのあるタイプかもしれませんね。
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