第18話 王都からの第一号、さっそく一匹釣れちゃった!?
まず、ハッとしたベテランが、皆に喝を入れた。
「まだ終わってないぞ、怪我人に早く手当てをしろ! 動けるやつは、魔熊にトドメを刺せっ!」
硬直していた領民たちが、一斉に動き出す。
死んでいるように見えても、油断はしない。それが辺境に生きるヤバマーズ領民だ。
「うぉりゃぁああっ!」
「せいっ!」
崩れた棘山熊の腹部へ、次々と槍が突き立てられる。
ピクリとも反応はない。だが三度、四度と念入りに貫く。
「あわわわわ……」
僕が左手の変貌に慌てている間にも、領民たちは手早く、ゴブリンの死骸を麻布で包み運んでいった。
できる限り、血を大地に吸わせず始末する。事後の片付けこそが、真の重労働だった。
「……終わった、ようだな」
ロダンが、大剣を支えにしてへたり込む。満身創痍。
それでも、走り去るグリーンゴブリンたちの姿を、忌々しげに睨んでいる。
「追撃はせんのか。今叩かねば、また戻って来るのではないか」
「あ? 人間の恐ろしさを、同族たちに広めてもらうのさ。で、また忘れたなら、何度でも思い出させてやる」
「……貴公らは、“魔物を討伐”しているわけではないのだな」
「そうだな。僕らは、“害獣を管理”しようとしているんだ。一匹残らず滅ぼす力もなければ、そんな無駄な体力もないからな」
魔物のいる僻地で生きるとは、英雄になることではない。過酷な環境と、末永く付き合っていくことだから。
「で、ヤバマーズ男爵。その腕は……なんだ?」
聞かれちゃった!?
包帯の弾け飛んだ左手。黒曜石に似た光沢のウロコが、はっきりと晒されていた。
「こいつは……その……」
正体は、僕が一番知りてぇよ。でも、異端認定されて首を撥ねられるのはごめんだ。
「ヤバマーズ男爵家に密かに伝わる……秘術の証だな(大嘘)」
「……貴公が魔術師と、聞いた記憶はないが。ふぅ……今日はもういい。追求する気力もわかぬ」
聖騎士ロダンは担架に乗せられると、大人しく運ばれていった。
ほっと一息。僕は、泥を払って立ち上がり、リュスの様子を見に行く。
「で、リュス。怪我はないか?」
「……どうして? 本来なら――」
「うん?」
リュスの昏い瞳は、困惑に染まっていた。
「みんな死ぬはずだったのに」
ぞわりと、背筋に冷たいものが走る。
「貴方は何者なのですか、アスタ様。……どうして、死の未来が変わったのですか?」
「死の未来が……変わった……?」
やはり、意味不明なことを言うやつだ。
元からこうなのか、それとも戦いのショックで変になったのか。
「旦那様っ! 魔熊の確認をおねげえしますだ!」
「ああ、今行く!」
領民たちに呼ばれて、歩き出す。
揺れる暗渠の瞳。リュスの、絶望の眼差しがどこか気味悪くもあり。それでいて、救いを求める子供のようにも見えて……どうにも後ろ髪が引かれた。
***
倒した大物の検分もまた、領主の務め。
こと熊に関して言えば、魔物でなかったとしても必要だ。特に今回は、自分が指揮をして、仕留めた成果だからな。
「この通りですだ。まったく、酷ぇ有様で……」
ズタボロに焦げた毛皮の棘山熊。
背中は、内側から爆発ではじけ飛び、無惨に裂けている。
「これ、解体できるか?」
「もう、毛皮は使い物になりやせんが……何のためになさるので?」
「いや。まあ……そうだな」
普通の領主なら、勝利の証として毛皮を飾るなり、はく製にするものだ。
だが、僕が考えていたのは、研究素材に出来るかどうかで。
(でも、この惨状だと……それすらも怪しいかな)
そう思って近づいた瞬間だった。
「グルォオオオッ!」
「――ッ!?」
死んでいたはずの巨躯が、痙攣するように跳ねた。
「コイツ!? まさか槍に耐えてでも、僕を殺すために死んだふりをッ!?」
あまりにも、執念深い殺意。
槍で幾度も貫かれ、内側から焼かれたはずの怪物が、怨念だけで巨腕を振るう。
「旦那様っ!!」
悲鳴が上がる。
回避は間に合わない。そう直感した。
――パチンッ。
指を鳴らすような小気味よい音が、不釣り合いなほど澄んで響いた。
直後。
僕の目の前で、棘山熊の巨腕が、あらぬ方向へとねじ曲がる。
「――え?」
空を斬る爪。直撃を免れた僕の頬を、鋭い風圧だけが掠めた。
さらに、何が起きたのか理解するよりも早く、天から“氷の槍”が降り注ぐ。
ドォォォォォンッ!!
精密な狙撃。
それは魔熊の眉間に深々と突き刺さり、脳漿と魔素の残滓をぶちまけ、今度こそ、棘山熊は死んだのだ。
「あはは。さすがに危なすぎでしょ、今の」
軽薄で、聞き覚えのある笑い声。
吹き出した脂汗を拭いもせず、僕は振り向いた。
「……お前は、なんでここに?」
岩の上に、一人の男が立っていた。
砂埃に塗れた旅装。だが、下に着ている仕立ての良いシャツと、手に握られた銀細工の杖は、彼が高貴な身分であることを雄弁に物語っている。
「やあ、アスタ。君の招待状、受け取ったよ。……『報酬皆無』ってのは、ラプラス伯爵家の三男としては聞き捨てならないけどね」
男は真っ青な髪をなびかせて、小瓶をシャカシャカと振って見せた。
ひらりと飛び降りると、僕の方へ歩み寄ってきた。
整った顔立ち、不遜な微笑み。王都の大学で、僕が数少ない『話が通じる貴族』だと思っていた男。
「……オノレ・ド・ラプラス」
「そうだけど? なんだい、君が呼んだんじゃないか」
「確かに、呼んだ、が」
手紙は出したけど、コイツが本当に来るとは思わなかった。ましてや、マッケンジー商会の馬車より早く。
「いやぁ、この不毛の地に来るだけでうんざりしてたよ。道中、魔物は出るし、空はずっと灰色のままだし。でもさ――」
オノレは、小瓶をかざした。
黒銀の砂粒が、オノレの放った魔術の残光に共鳴し、チリチリと青白く輝いている。
「このサンプルは、最高だ。君の言う通り、名誉も金も吹き飛ぶくらいの『謎』が詰まってる」
オノレは興奮を隠しきれない様子で、僕の肩をバシバシと叩いた。
「アスタ。これ、いわば“魔素が仮死状態にある”ってことだよね? この扱いづらいエネルギーが、こんなにも安定してるなんて。まったく、どういうカラクリだい?」
領民たちは、みんな唖然。
そう、王都からの一人目のバカは、こんなにも奇妙なタイミングで到着したのだった。




