第172話 鳴らせ、鳴らせ。火を吹くのは噂か、それともじゃじゃ馬か。
「アスタ様、本当にロダンは呼ばなくて良かったのですか?」
オノレがドン引きしているなかで、リュスが尋ねて来た。
気になっていたらしい。
「いやあ、あいつに腹芸なんて無理だろ。ロダンの場合、知らないまま、噂を耳にしてドギマギしてくれた方が説得力が増す」
「そう、かもしれませんね。あの者の実直さは、時としてどんな噂話よりも、真実味を与えてくれそうです」
「だろ?」
もちろん、ロダンに対して申し訳ないという気持ちはある。
それでも僕はやる。領主として。
そしてこれから先、リュスに何かあったら僕のせいだ。
「でも、噂が十分に広まった頃合いに、あいつには真実を話してやってくれないか?」
「……はい、かしこまりました」
「ありがとう、リュス。ついでにさ、“一発くらい殴られてやる”って伝えておいてくれ」
「えっと、それは……」
「ああ、ごめん。さすがに言いにくいよな、やっぱり僕から話した方がいいか。責任をとるなら、そうすべきか」
これは意図的な不義理。
筋が通った男なだけに、相応の報いは覚悟している。
「いえ。戸惑ったのは、そういう意味ではなかったのですが……」
リュスは、困ったように眉を下げる。
僕の首元、包帯へとそっと指を這わせた。
いたわるような指の動きに、思わず心臓が跳ねる。
「わたくし、アスタ様が殴られる場面など見たくありませんよ」
「なら、その時は目を逸らしてくれ」
「もうっ。当然のように悪役を引き受けようとなさるのも、おやめください。わたくし自身が望んだのですから」
「いや、これでいいんだよ。僕は、ヤバマーズの“毒喰らい男爵”なんだから」
はぐらかすように、笑って見せた。
悪役上等だ。“神託の乙女”を隣に立たせるなら、きっと禍々しいくらいの箔があった方がいい。
結局は以前、オノレが言った通りなのだ。
リュスを守るには、教会ですら恐れる存在にならなければ。
(もっと急いで、“毒喰らい男爵”の悪名を吊り上げないと……)
***
さて、熱い日差しが照り付ける、昼下がり。
思ったよりも早く、噂が耳に聞こえた。
「ねえ、ちょっと聞いたかい?」
「ええ、もちろんよ。マダム・リュスは、実はとんでもない御方だったらしいじゃないの」
「魔人討伐の時も、天から声が聞こえてたって話だよ……」
「そういえば、さっき猟兵の男たちが、それらしきご様子を見たって言ってたねえ」
廊下の角、物陰。
雑巾がけをする女たちの、ひそひそ話が耳に届く。
(いや、思ってた以上に口が軽すぎんだろ。うちの連中……)
いや、わかってはいたさ。
ヤバマーズの民ってのは現金だし、手癖も悪いし噂好き。わりとろくでもない連中の集まりだって。
(でも、まあ……今のところは、自分たちを救ってくれる都合の良い奇跡だと解釈してるみたいだな)
この様子だとこれまでも、リュスにどんな陰口を叩いてたことか。
女執政代行として村人たちを締め上げるなんて、憎まれ役にもほどがあるからなあ。
そう思って外に出ようとしたら、オノレに忠告された。
「アスタ、これはさすがに、火の回りが早すぎるよ」
「なんだって? 計画通りだろうが」
「……違うね、誰かが意図的に煽ってる匂いがするんだ」
「意図的? でも、誰が?」
「それはわからない」
「余所者が紛れ込んでるなら、さすがに領民が気付くぞ」
「そうだろうね。……だけど、気を付けてくれ。アスタ」
オノレの眼は真剣だった。
「いつもとなんだか違うことに、上手い説明がつけられない時。そこには、見逃しているなにかが潜んでいるかもしれないから」
告げられた忠告は、なんだか不吉だった。
それから胸に広がるざわつきを振り払うように、僕は『黄金の冠』の演習場へと足を延ばした。
「撃てッ!」
眼帯の猟兵の怒号。
――シュゴォォォォォンッ!!
耳を劈く、高圧蒸気の噴出。
野太い鋼鉄製の銛が飛翔、数十メートル先の厚板すらも粉砕し、そのまま生えている樹木へ深々と突き刺さった。
凄まじい衝撃。木片が派手に舞い散る。
「すっげぇっ!!」
「……どうやら、うちの設計に狂いはないみたいっすね」
思わず、僕は樹木へと駆け寄った。
硬い樹皮を割って、銛が半分も埋まっている。
「さすがだな、これならクラーケンもひとたまりもないんじゃないか?」
「まあ、威力だけならたいしたもんっすよ」
しかし、ジルに喜びの色はない。ムスッとしている。
「……なんだ、随分と不機嫌そうだな」
今テストしたのは、ジルの設計による蒸気銛砲。
黒銀結晶の超高熱で瞬時に水を沸騰させ、爆発的圧力で巨大な銛を撃ち出す対海獣兵器だ。
「で、ジル。こっちの『蒸気銃』の方はどうなってるんだ?」
「ハッキリ言って、これこそ役に立つとは思えないっすよ」
目線の先には、机上に置かれた複雑な構造の携帯兵器。
金属筒が、突き出した無骨な代物。
「見てくださいっすよ、この無様な有様を」
「うわ。ちょっと、ゴツくて重いな」
「アスタ先輩の無茶振りに応えて、ドワーフの門外不出の技術を、三つはブチ込んだっすけど……ようやく形を保ってるだけの、じゃじゃ馬に仕上がったっす」
求めていたのは、一人で使える蒸気砲。
ボウガン並みの携帯性を夢見ていたが、スマートさからは程遠い。
目の前にあるのは、鈍器に煙突と銃身が付いたようなキワモノだ。
「わざわざドラン親方に、了解を得てまで試作したんすからね。盛大に感謝して欲しいっす」
「そりゃ、もちろん!」
「でも、量産なんて無理っすよ。今の人間の技術じゃ、これが限界だって結論になったんすから」
「何が問題なんだ?」
「構造としては、ドワーフで言うところの、高圧空気ライフルに近い分類っすけど……わかるっすか?」
「全然わからん、なにそれ?」
ドワーフの武器なんか、僕が知るかよ。
「……まあ、撃ってみたらいいっす。蒸気で火傷しないよう注意っすよ」
言われるがまま、抱えるように構える。
重心のバランスが悪く、保持するだけで手が震えた。
「重い。これ、狙いを付けるだけで一苦労だな」
照準を合わせ、クロスボウと同じ要領で引き金を引き絞る。
――プシュゥッ!!
予想に反して、手応えは驚くほど軽かった。
バレルの中で加速した金属球が、鋭い蒸気とともに放たれ、標的の板材を軽々と貫通。
……が、狙いからは大きく右に逸れている。
「あれ!? 一発で当てたっすか!?」
「いや、これじゃ全然だ。中心からはまるで外れてる」
「えー? ……ドン引きっす」
「そこは、褒めてくれる流れじゃないのかよ!?」
「初めて試射して、その精度出せる時点で意味わかんないんすよ」
「その扱いに納得いかん」
「あ、落下式弾倉付きなんで連射も出来るっす……とりあえず、十連射くらいなら保証するっすけど」
「マジかよ、連射出来るとかすげえな」
ドワーフの技術力、恐るべし。
(こりゃドワーフ国家と戦争したら、人間には勝ち目なさそうだ。……まあ、このレベルの武器なら、並べても騎士団にゃ勝てないが)
あいつらも、大概人間やめてるからな。
試しに連続で撃つが、なお動作自体はスムーズ。
反動もマイルド。音も比較的静かで、煙も出ない。
「貯水タンクは?」
「銃床の部分っす。一発ごとに水を微量噴霧して、黒銀結晶で瞬時沸騰する方式。この微調整が難関で、並の技師には無理っす」
「……なるほどな」
給水が必要なデメリットこそあれど、単発式のボウガンと比較すれば、圧倒的な手数を誇る……だが。
(これ、ゴブリンや変異狼程度には、通用するだろうけど。……中型以上の魔物には、どうにも火力不足だな。魔熊も倒せん)
正直、このサイズ感ならボウガンの方が、衝撃力も貫通力も勝るし、命中精度もいい。
しかも、蒸気の噴出音に違和感。
一発撃つごとに、音のピッチが段々低くなっていく。
その上、弾道の癖まで都度、変わる始末。
「なあ、これ怖いんだけど!? 音、さっきと違くない!?」
「あー。……たぶん、そろそろ破裂するかもっすね」
「そんなもん、気軽に撃たせるんじゃねぇえええッ!?」
僕は慌てて、“じゃじゃ馬”を放り出した。
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