第15話 魔物撃退の作法、素人は黙っとれ
――黒銀結晶の謎。
サイズは数mmと小粒だ。光を強く吸収し、光沢も金属的。
とりあえず、屋敷にある顕微鏡で覗いてみたが、拡大してみればロマネスコにも似た幾何学結晶だった。
「ゲロハルト、器具を触るのを手伝ってくれ。変なことはしないから」
「……父君の、残された実験器具でございますか」
「そうだ。窓は、念のため開けておこうか。それと……ネズミでもいいから、野生動物の死骸が欲しい」
ゲロハルトは、ぎょっとした。
「まさかっ!?」
「だから、ネズミは食べないって。……リスクの割に、食える量が少ないからな」
僕は、比較対象実験を行った。
魔物の臓物と、普通の動物の臓物。それぞれに白骨茸の煮汁を混合する。
結果は明白だった。
魔物の臓物や血を使った時だけ、この熱量を伴う急激な化学変化が起き、毒ガスが発生……この黒銀結晶が得られたのだ。
「じゃ、なにが違うのかってなると……やっぱり、魔素だろうな」
含まれる魔素が、触媒となって化学変化を誘発。
臓物や血液に含まれる物質と結合して、魔素が結晶化した……とか?
あくまで、仮説。
「でも。そう、もし。これに魔素が含まれているならば――」
僕は使い道のない魔物から、魔素を取り出すことに成功した男になるだろう。
だが、この先の分野は――独力では時間がかかり過ぎた。
向き合うべき、領地の運営。魔物退治。
さらには、魔物の食用化と、父上が行った実験の究明。トドメに来訪した聖騎士ロダン達からの圧力と、あまりにも抱え込んでいる問題が多すぎる。
だからこそ、手紙をバラ撒く、賭けに出たのだった。
『報酬皆無。名誉絶無。食事の有無、量不明。――されど、謎はここにあり』
果たして、この『黒銀の砂』の一粒に釣られるバカは、王都に一人でもいるだろうか。
***
しかし、現実はいつも、僕に落ち着いた日々を許してくれない。
村の見張り台から、けたたましく鐘が鳴り響いた。
「旦那様っ! ゴブリンどもが、村の近くに迫っておりますだ!」
野太い叫び声。
僕は、すぐに武器を手に屋敷を出た。領民らは既に武装して集まっていた。
「緑の害獣め、人間の恐ろしさを忘れたみたいだな」
「へいっ。目にもの、見せてやりやしょうっ!」
ヤバマーズ領では、領民の武装を取り締まったりはしない。
敗残兵狩りを止めたこともないし、ボウガンだろうが、剣だろうが、勝手に持っておけ、というスタンスだった。
「にしても。こうならないよう、僕が森で魔物を間引きをしてやっていると言うのに」
「まさか、余所者たちが、変に刺激をしたんじゃ……」
「可能性はあるが、判断はまだ早いぞ」
「教会の奴らめ! あいつら、何もしてくれない癖に、領地に踏み込んできて、金だけふんだくろうとしやがるんだっ!」
「……行くぞ」
西の森に、聖騎士ロダンと祓魔女リュスが、出入りしているのは知っていた。
ヤバマーズの領民は、閉鎖的で疑い深い。信仰心がないのではなく、単純に中央の聖王教会にはネガティブなイメージが根深いのだ。
僕はそんな領民を引き連れて、村との境界線へと急いだ。
「旦那様、見てくだせえ! あそこだ!」
領民が指さした先。
聖騎士ロダンが大剣を豪快に振るい、迫りくるグリーンゴブリンを群れごと叩き潰していた。
一方のリュスは、淡い残光を放つ長剣で、熱したナイフでチーズでも裂くように切り捨てている。
「妙な剣だな。アレが、魔術か?」
一見すれば、聖騎士が民のために戦っている英雄的な光景だ。だが――。
「バカめ、やり方が最悪だ」
魔物討伐には、作法がある。特にこの不毛の地では。
魔物の臓物や血は、最悪の刺激剤になりえる。一匹、二匹ならまだしも、大量にまき散らせば、不測の事態があり得た。
「おい、ロダン。派手にぶちまけるなっ! ここは村に近いんだぞ!」
ロダンは、肩越しに振り返る。
「何を言う! 吾輩がこうして、貴公の領民を守ってやっているのだぞ!」
「それが余計なお世話だってんだよ! 下がれ、素人め!」
僕は、領民たちに合図を送る。
「野郎ども、いつものやり方だ! 急所を突け。そして、煙を焚くんだ!」
「へいっ、旦那様!」
ヤバマーズ領民の戦い方は、騎士のそれとは異なる。
槍を構えて列になり、じりじり迫る。すると、ゴブリンたちは近づくことも出来ずに、ゆっくりと後退。
――シュッ。さらに鋭い音が、幾重にも重なった。
ボウガンから、ボルトが放たれたのだ。ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、あっさり崩れ落ちていく。
ロダンとリュスの戦いに比べて、あまりに地味だったが……。
「バカな。ただの農民が、なぜこれほど統制の取れた動きを」
「……なんて、無駄のない動きなのでしょうか」
続いて、領民たちは手際よく、野草の束に火をつけた。立ち込める、ひどく不快な臭いを放つ煙。
「言ったはずだぞ、ロダン。ここは貴様らが知る戦場じゃない」
「貴公っ! 吾輩に、兵法を説くつもりかっ!」
「いいから黙って見てろ!」
妙に、左手が疼いた。戦いが始まってからずっとだ。包帯の下で、生えたウロコが熱を帯びている気がした。
リュスが尋ねて来る。
「アスタ様。領民が撒いている、この煙は一体?」
「魔物除けの香だ。だが、コイツは魔素を含んだ血臭を誤魔化し、脅かすブツまで含んでいる。いつもより臭いぞ」
そう、奴らの天敵である大百足の排泄物成分を混ぜてあるのだ。
「奴らを殲滅することは、僕たちにとって勝利ではない」
煙が場を覆うと、ゴブリンたちはピタリと足を止め、困惑したように鼻をひくつかせ始めた。
グリーンゴブリンは臆病で、草食寄りの雑食という、比較的追い払いやすい魔物だ。逃げてくれるなら一番いい。
「クソっ、だが逃げねえな」
ますます、ウロコが疼いた。嫌な予感がする。
とうとう行き場を失ったゴブリンたちは、左右に分かれると、草むらにうずくまった。
ロダンは首を傾げる。
「なんだ? まさか、ゴブリンが降伏しているとでもいうのか?」
「ちげぇよ! 逃げろっ、全員、村の境界線まで下がれっ!」
僕は叫んだ。
左手のウロコが、今までで一番激しく拍動した。
ドクン。ドクン。
森の奥から近づいてくる、何かと共鳴している。
――ズゥゥゥゥン。
とうとう大気が震えた。咆哮の余波。
「この、圧は――っ!?」
森から姿を現した者、それは巨大な魔熊だった。
ただし、肩から背中にかけて湾曲した角が無数に突き出している。
変異した巨獣、棘山熊。
さすがのヤバマーズ領民も、相対したくない魔物だった。




