第14話 ヤバマーズ流、求人。されど、謎はここにあり。
屋敷に到着したゲロハルトは、鼻水を垂らしながら、すぐに泣きついて来た。
「若様、あまり無茶なことはなさらないでください。……この爺にとっては、たった一人の生きがいなのですから」
「あー、心配かけたか。それは、すまなかったな」
なんとも居た堪れない気分になった。
「ゲロハルト様。アスタ様がおかしな物を食べぬよう、よろしくお願いいたします」
「はいっ! 任されましたぞっ!」
「……別に、ガキじゃあるまいし。拾い食いしたわけでもないんだが?」
さっさとリュスには帰ってもらって、休養を取ることになったが窮屈だ。
「ゲロハルトも、腰が本調子じゃあるまい。あまり無理をするなよ」
「とは言いますが。目を離すと何をしでかすかわからない主人に、お仕えしていますと、気が気ではありませんので」
「へえ。お前、苦労してるな」
「まるで他人事のようにっ?!」
執事ゲロハルトは、狼狽した。
でも、ゲロハルトには、僕を止めるのは不可能だと思うぞ。
「ともかく、若様。どうか今回ばかりは、まともな食事をお取りください」
「なんだこれは。……どうやって用意した?」
出されたのは、まず、蒸かした芋。
そして、ラードと豆が溶かされた、トロミあるポタージュ。貧しいが、久しぶりの『まともな食事』だった。
「この爺めが、庭先で育てている根菜を使いました。芋は、領民が持ち寄ったものを一部、備蓄に回させていただきましたので」
「チッ。お前な、まず自分が食えよ。僕はそう命じたはずだが」
「年若い主人が腹を空かせているのに、腹を満たす家臣がどこにおりますか。……とは言え、本来、貴族が芋を食べるのは誇れないことですが」
「とりあえず、今だけはお前の言う通りにしてやるよ」
なぜか、僕が食事を始めると、ゲロハルトは嬉しそうに顔をほころばせた。顔が赤くなるほどに。
ポタージュのポロネギから滲み出る甘味が、胃に優しかった。
「微笑ましそうに僕を見るな、落ち着かない」
「爺は、若様が元気にお食事をされているのが、なによりの幸せにございますから」
「……お前も、歴代当主に負けず劣らずのバカだ」
「ははっ、それはそれは。恐れ多くも、有難きお言葉にございます」
ゲロハルトは、朗らかに笑い飛ばしてから、湯を沸かしに行った。
一人になった間に、左手をかざして観察する。手の甲に生えたウロコは、黒曜石のように煌いている。
「角質が硬質化したのか? ……いや、金属っぽい感じもするな」
思わず、磁石を近づけてみたが、くっついたりはしない。ちょっとほっとした。
「これって、やっぱり変異か?」
今までの毒見で、徐々に魔素が蓄積していただろう。だから、トリガーがあれば症状が出てもおかしくないのかもしれない。
きっかけは間違いなく、あの猛毒スープで煮込んだ廃棄物。
「急激な変異が起きる時は、身体が耐え切れず、魔物化に至る前に命を落とすことも多い。……運がよかったな」
もちろん、これが魔物化の予兆である変異でない可能性はあるが。
「やはり――妙な、感覚がする」
例えるなら、そう。今までに存在しなかった神経が、一本通ったような。
***
キャラバンが、ようやく領地にやって来た。
こいつらは、マッケンジー商会。僕の頼みの綱だった。
「ずいぶん予定より、遅かったな。お陰で食い詰めたぞ」
「それは申し訳なかったですね、坊ちゃん。あー、じゃなかった。……ご当主様」
「……まだ、坊ちゃんで良い。お前からしたら、そんなものだろう」
「そうもいかんでしょうよ。男爵が軽んじられては、下の者に示しがつきませんからなあ」
オコトギ・マッケンジー。商会を率いる精悍な中年男だ。
こいつは、本当に頭が上がらない相手だ。
王国を越えて、活躍するマッケンジー商会。なぜ、そんなところに伝手があるのかと言えば……。
「儂らは、いまやアスタ様の家臣というわけですから。ほうれ、踏ん反りかえってみたらどうです?」
「……冗談が上手いもんだ。こちとら、オシメしてた頃から知られているんだぞ。偉そうにしても、間抜けだ」
「ガハハハッ、違いない。……まあ、また面倒見てやるよ。坊ちゃん」
小声で、耳打ちされた。面倒を見てやる、と言われたが、何も否定できん。なにせ、大学生活の費用を、借りた相手だから。
マッケンジー商会は、ヤバマーズの傍流なのだ。
初代が、家臣の名を使い立ち上げた商会、それこそがマッケンジー。ヤバマーズ領が、交易の要所ではない以上、流通ルートを自ら開拓する必要性があった。
家督を継げなかった次男坊や三男坊の引き取り先としても、代々、活用して来たわけだが……。
「今となってはヤバマーズ男爵家より、商会の方が裕福だよなあ」
本拠地のヤバマーズが、焦げ付き債権というのが笑えない話だ。今からでもヤバマーズ領を継ぐより、キャラバンに就職したい。
ぼやきながらも、倉に運ばれていく物資とリストを確認する。
周りの従業員が離れているのを見て、気安い態度にお互い変わった。僕からしたら、珍しく頼れる親戚のおっさんみたいなものだ。
「お? アスタ、怪我でもしたのか?」
オコトギが指したのは、左手に巻かれた包帯。
「そうだ。実験をしてたら、火傷をしてな」
さらりと嘘をつく。
「ふーん。当主になっても、変わらずみたいだな」
「で、そんなことよりオコトギ。世間の収穫量はどうだ?」
「そうさな。ここ数年の冷夏で、王国全体としても麦は低迷気味だな。が、実の所、あるところにはある」
「……噂じゃ、餓死者の話も聞くのに?」
「そうだ。北方から西に掛けてが、深刻。南方は、多少値上がりしたが余ってるんだ。国を跨げば、豊作のところもあるんじゃないか?」
「流通の問題か」
「おう。馬車で運んでも、ちんたら運んでいる合間に、馬が食っちまうからなあ。そりゃこっちじゃ高くもなるだろうよ。魔物も盗賊も出るしな」
困ったものだ。マッケンジー商会の売り上げの一部を、ヤバマーズ領に回しても焼け石に水。
まだ、余裕があるうちに、手を打っていくしかない。
「オコトギ。ついでに、手紙の配達を頼みたいんだが?」
「へえ、どこぞの令嬢に恋文か?」
「三代目じゃあるまいし。……王都の大学で知り合った知己宛てだよ」
僕が合図すると、執事ゲロハルトが手紙の束を持ってきた。
ぎょっとするオコトギ。
「何人に送る気だよ」
「手当たり次第だ。誰か、うちに来てくれないかなって」
「……地位と給金の、空手形でも出すのか? 貧乏なのは国中にバレバレだぞ」
「いいや、書き出しの文面はこうだ」
僕はニヤリと笑って、瓶詰された黒銀結晶の粒を見せた。
「報酬皆無。名誉絶無。食事の有無、量不明。――されど、謎はここにあり」
オコトギは、呆れ顔。
「それじゃバカしか来ねえぞ。手紙だって、送るのはタダじゃねえのに」
「僕もそう思う」
これで来るやつがいたら、どうかしてる。
「でも、やらないよりはいい」
「で、その変な粒が入った小瓶も、一緒に送るのかよ?」
「そう。手紙に添えてくれ。きっと、価値がわかる奴だけが来る」
意味深に送れば、調べる人間もいるだろう。そうすれば儲けものだ。
僕が欲しいのは、一緒に考えてくれる専門家なのだから。
「……一応聞くが、そいつは広めていい代物か? そんなバラまき方して、大丈夫か?」
「さあ? だが、誰かの気を惹こうとするのに、リスクを冒さないのは無理だ。まっ、誰か一人くらいは引っかかって欲しいけどな」
今は、領地から出られないからな。やれるのはこれくらいだ。
これが吉と出るか、凶と出るかはわからなかったが――。
「ったくよ。アスタ。てめぇは間違いなく、ヤバマーズ家の男だぜ」
なぜか、オコトギにそう言われたのがうれしかった。




