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【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右
第三章:崩壊寸前、厄ネタだらけの改革劇。

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第137話 他人の不幸は、蜜の味。っんなわけあるかッ! 面倒事の種だろ、バーカ!(後半)

 オノレは薄汚れた難民に、眉をひそめる。

 紡がれる声は冷たかった。


「アスタ。言うまでもないことだが……隣領の農奴を受け入れるなんて行為は、明確に『他領への政治干渉』だよ。下手すれば、戦争の火種だ」


 オノレの指摘、これは正論。


 波風を立てない方法は、今すぐ追い返すか。

 逃亡農奴として捕まえて、ドラクロワ男爵に引き渡すか、だ。


 一方のリュスは、静かな眼差しを向けて。

 難民の人数を淡々と数え始めた。


 その傍らでヘイホーは必死の形相、算盤(アバカス)の珠を弾く。


「アスタ様、ご覧ください。身重のご婦人に、生まれたばかりの赤子もいるようです。……これほど衰弱し、怪我人を抱えた彼らでは、次の夜は越せないでしょう」


 リュスの言葉。

 これもまた、目を逸らせない真実。


「お願げえしますだ、お願げえしますだ! せめて、せめて子供たちだけでも、どうか助けてくださいまし……この子らには、何の罪もねぇですだっ!」


 長老が土に額を擦りつけ、嗚咽を漏らす。

 赤子の泣き声が曇天に響くが、疲れ果てた母親の目は虚ろ。

 負傷した男たちは、肩を貸し合いながら絶望の味を噛みしめる。


「もし、見捨てれば――彼らは、間違いなく野垂れ死にするでしょう」


 結局のところ、リュスは“救え”とも“救うな”とも口にしなかった。

 ただ、事実として死の秒読みを宣告した。


 ヘイホーは弾いていた手を止め、青ざめた唇を固く結んだ。

 しかし、その表情が“無理です”と雄弁に語っている。


(わかってる、わかってるんだ。僕は……そんな御伽話に出てくるような立派な英雄じゃない。ヤバマーズだって、相変わらずクソみたいな不毛の地だし……余所者を受け入れる余裕なんてありゃしないんだ)


 同情はする。

 胸だって、キリリと痛むともさ。


 だけど、余所者……ましてや敵対領民を養ってやる義理なんて、これっぽっちもあるわけがない。

 

 もし、天秤に掛けろと言われたら。

 ヤバマーズの領民と、目の前のこいつらなら……僕は迷わず、前者を選ぶ。


 しかし、そんな渦中。

 じっと見つめてくる力強い視線があった。


 ――聖騎士ロダン。


「な、なんだよ。……なにか不満でもあるってのかよ」

「いいや。吾輩は貴公の決断を待っている」

「なんだと? ……いや、どうせ『正義の意見』みたいのがあるんだろ。さっさと言えよ」

「なにもない、吾輩は剣を振ることしか知らん。統治に関してはまったくの素人だ。……専門家である、貴公の判断に従おう」

「……なんだって?」

「貴公がどんな非情な決断を下しても。それがヤバマーズのためだと言うならば、きっと誇りを汚すものではあるまい。なにを言っても従うぞ」

「いや……お前……っ!? なんでそこで、物分かりが良くなってんだよ!?」


 ブスッと押し黙る、無骨な大男。

 内心には不満も憤りもあるだろうが、それでも僕に従うと言った。


(そこはいつものように暴れてさ、“なにがなんでも民を助けろ、この外道が”とか言って。僕の胸倉を掴むところだろ? なんでそんな、じっと僕を見るんだよ……)


 予想外の態度に、思わずたじろいでしまう。

 いっそ殴ってくれたらよかった。居心地の悪さが、じわじわと蝕んでくる。


 だが、聖騎士ロダンは口にした言葉を翻す男ではない。


(そんな風に言われても……僕は、断るしかないだろ?)


 脳裏に、以前ロダンにぶつけられた言葉が蘇る。


『貴様らは、農民が汗水たらして育てた作物を食い荒らし、特権と言う名のブーツで人々を踏みにじる! では、己の罪を問われたらどうだ? そら見ろ、今度は決闘で善悪を煙に巻き、剣を振り回し暴れだす! 辺境貴族めっ……貴様らこそが、真の害獣(バーミン)だっ!』


 ああ。本当に、その通りだよ。

 辺境貴族(ぼくら)はそんな生き物だ。


 せっかく芽生え始めたお前の信頼らしきもの、これに答えられる高潔さなんて僕にはないんだ。


(いや、だけどさ……)


 諦めようとしたのに。

 なのに、ふと。


 余計な考えが頭をよぎってしまった。


(少なくとも、僕が知る限り……ヤバマーズの歴代当主は――)


 ヤバマーズの歴代当主は、揃いも揃ってバカばっかりで。

 クソみたいな土地で、クソみたいな生き方をしてきた一族だけど。


(でも、民だけを魔物に戦わせて、自分だけぬくぬく生き残るような……そんな腑抜けた当主ってのは……もしかして、一人もいなかったんじゃないか?)


 いつだって自分なりに。

 どんなに滑稽で、どうしようもない方法だったとしても。


 彼らは問題に立ち向かって――派手にバカな死に方をしてきたのではなかったか。


『少しばかり毛色が違うらしい』

『そう、性根が……違うのだ』


 反響するのは、やはりかつてのロダンの言葉。


 さすがに、性根が綺麗と自惚れるつもりは毛頭ない。

 けど、ヤバマーズは……ドラクロワ男爵領とはなにか違う、かもしれない。


(ああ、もう! ろくでもない一族だとは常々思っていたが。……確かに、毛色くらいは違っていたかもしれないな。ほんの、ほんのちょっとは、なにかマシな部分があるのかもな? でも、だからって……)


 リュスもまた、じっと見る。

 暗渠(あんきょ)の瞳が、僕の魂の在り方を見守っている。


 僕はその目が怖かった、が……。


「わたくしは、あなた様がどんな決断を下しても……どこまでも、お傍にいたいです」


 そんな一言を聞いた途端。

 あまりに情けなくて、いっそ笑ってしまった。


「そう、か。……どう足掻いても、幻滅してくれないのか」


 僕はまた、逆転の芽すら模索しないで。

 “仕方がなかったんだ”と言い訳しようとした。


(僕が、かつて犯した罪の重さを思えばこそ。大切な貴女が見ていてくれる目の前で……またもや、なにひとつ足掻かず。本当は伸ばしたい手を、易々と引っ込めることが許されるのか?)


 いいや、否!

 ――断じて、否だっ!


「他人の不幸は、蜜の味。……なんて大昔に誰かが言ったらしいけどな。……っんなわけあるかッ! 面倒事の種だろ、バーカ! 誰かが不幸な目に遭ってたら、元が敵だろうが味方だろうが、胸糞悪くて悲しいに決まってんだろうがッ!」

「あ、アスタ様……?」


 突如、豹変した僕の剣幕に。

 仲間たちの誰もが、目をぱちくりとさせた。


「おい、僕より遥かに頭の良いみんな。一つ、大至急で計算してくれ。……その答えを聞いて、他でもない僕が(・・)決断を下すからさ」


 僕はニヤリと、不敵に笑みを浮かべた。


「ドラクロワ男爵領の食料庫。そして金。……あいつ、今どれくらい貯め込んでると思う?」

いつも応援ありがとうございます!


「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。


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― 新着の感想 ―
まさかの隣領殴り込み⁈な展開が繰り広げられそう•••それはそれで予想外でした。アスタ氏が予想外の面白い奇行を繰り出してきそうで、次話が楽しみです!
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