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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右


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第12話 暗渠エクソシスター、領主は毒漬け食って死ぬ

「……しっ。まだだ、まだ動くな」


 リュスが腕のなかで暴れかけた。鍋が「ボコッ、ボカッ」と不気味に破裂音を奏でるたび、リュスはビクリと跳ねる。


「あれは毒ガスだ。だから死ぬぞ、と言っている」

「……毒ガス?」

「そうだ。だから、このままだ」


 組み伏せながら、繰り返し声を掛ければなんとか落ち着いた。

 やがて、猛烈な蒸気の噴出が収まったが、それでも毒煙が風に流されきるのを、僕はじっと待った。見た目だけでは、わからないからな。


 僕は心の中で、数を数えていた。焦ってはいない。ここまで急速な反応なら、終わるのも早いはずだから。


「ふぅ、もういいだろう」


 そこで、ようやく腕の力を解き、大きく息を吐き出す。

 ふと、腕の中にいたリュスの存在を改めて意識した。密着する柔らかい曲線。細い肩幅。魔と戦う人間とは思えない、身体つき。


 そして――顔を合わせた途端。

 時が止まる。


「……アスタ様、お手を離していただけませんか」


 くぐもった声に我に返り、僕は慌てた。


「ああ、悪い」


 動揺の原因。リュスのベールが、先ほどのドタバタでずり落ち、素顔が露わになっていたのだ。まあ、見えた顔は、驚くほど整っていたよ。

 陶器のような白い肌。形の良い鼻筋、形の良い唇。だが、何より目を釘付けにしたのは――。


 淀んだ、暗渠(あんきょ)の瞳。

 底知れない濁りと虚無。生きている人間とは思えないほど、くすんでいた。絶望を何十年と煮詰めたら、きっとこうなるだろう。


 すべてを失った老婆が、こんな顔をしていたのを思い出した。


「……だが、命拾いしたと思えよ。あれを直接吸い込んだら、脳ミソが溶けるのか、呼吸が出来なくなるのか。僕には予想がつかん」

「そうですか。誰かに、命を助けられたのは……はて、いつぶりだったでしょうか」

「あ?」

「いえ。……とにかく、ありがとうございます」


 奇妙なことを呟いてから、リュスはベールや頭巾(ウィンプル)を整え、顔を再び覆い始めた。


(でも、どこかで見た顔ではあるな……?)


 どうにも顔立ちが記憶の端に引っかかるが、僅かに見えたのは重たい黒髪だ。

 ならば、別人だろう。と、判断する。真っ先に頭に浮かんだ人物は、小麦のような金色の髪だったから。

 僕から一歩距離を置いて、立ち上がるリュス。


「ご無礼を。……先ほどの現象は、一体何だったのですか?」

「えー? さあ、なんだろうな」


 誤魔化しているわけではなく、見てみないとわからない。

 茶褐色の液体が満ちた鍋。焦げ付いている。液体からは、強烈な異臭。もはや腐敗臭に近い。


「うん、これは毒だなっ! 間違いなく、毒っ!」


 臓物の原型が残っているか確認してみるが、繊維がズタズタになっており、ろくに形が残っていない有様だ。


「肉が溶けた。いや、違う。それは灰で起きてる。……ならこれは、肉が非常に細かいレベルで、内部から破壊されてる……的な?」


 オタマですくい取って見ると、沈殿物があった。黒銀か灰色か、鈍い光沢のある砂粒が底に溜まっている。少なくとも、鉄ではなさそう。

 魔素を大量に含んだ血と臓物+白骨茸の猛毒汁=ヤバそうな反応、からの、謎の結晶。


「うーん。ふはははははっ!」


 僕が笑うと、リュスがビクリと後ずさった。


「さっぱりわからないっ!」

「……わからない?」

「うん。これ、本当になんだろうな?」

「ええええ……? これは、アスタ様がなさったことなのでは?」

「僕は、自分がしていることが何なのか。よくわからないまま、実験している」

「おそらく、それは危険人物の発言ですよ」


 自覚はある。でも、ヤバマーズの血が『やっちゃえ!』って言うから。

 そりゃ、思い浮かぶものを総当たりでするところから始まってんだから、仕方ないじゃん。


「それより、なんでここに来た? ゲロハルトに、教会まで案内させたはずだが?」

「あっ、そうでしたね。まず、執事の方、ゲロハルト様の件なのですが……」

「うん」

「教会の庭先で、子供たちに高い高いをせがまれたらしく……腰を痛めてしまって。落ち着いてから、屋敷に戻られると」

「なにやってんだよ!? 自分の年齢(トシ)を考えろよ、ジジイっ!」


 ゲロハルトは子供好きなので、孤児に会ったらなんだかんだ、遊んでやることが多い。

 ……あいつ、我が子を流行病で亡くしてるからなぁ。


「で? わざわざ、知らせに来てくれたの?」

「それもあるのですが。本音は、ヤバマーズ領や歴代当主のことで、たくさんお聞きしたいことがありまして……」

「もう、調査始めんのかよ。真面目だね?」

「お褒めに預かり、光栄です」

「皮肉で言ってんだよ、こっちは」


 僕はため息を吐いた。聖騎士ロダンと話すよりは、だいぶマシな気はしている。

 かといって、リュスに心を許す気は無いけどな。


「仕方ないなあ。……この鍋を片付けたら、ちょっとだけ。まあ、話くらいしてやるよ。待ってろ」

「ご協力、感謝申し上げます」


 まず、この沈殿物。黒銀色の砂粒については、性質を確認しないといけない。

 サンプルを集めて、小瓶に入れておこう。


 で、発生したガスや現象については、あとで考えるとして。廃水は、また所定の所に捨てよう。近くの繁みに入っていく。


「……さすがにここまで実験した廃液は、毒が濃縮されている気がするので、その辺に捨てたらまずい気がしてきたな」


 でも、捨てちゃう。だばー。(結局、後回し)


「問題は残った臓物だけど。……これも捨てる?」


 いや、どう見ても食えねえだろ。毒液に漬け込んで、化学変化した臓物。食えるわけがない。


「――でも、待てよ」


 キラン。僕の脳内に、閃きが巻き起こる。


「白骨茸。ヤバマーズ・デッドキャップも、ほとんど同じ条件じゃね?」


 そう、あれはお湯で煮たが、結果的に毒湯に漬け込まれている。

 なんなら、白骨茸は、自分自身から毒液が出ているわけだ。その点を考えたら、白骨茸のほうがヤバい条件とまで言える。


「いやいやいや、まさか。だって、この肉、既になんか見た目が無理そうじゃん! 繊維が微妙に残ってるだけで、黒ずんでるもんっ!」


 そう、これを食うなんて本物のバカだけだ!


 でも、食った。

 うん、食ってみた。めちゃくちゃ洗えばいけるかなって。小屋にあった水で、大量に流してから口に入れてみた。


 で、どうなったかって?

 速攻で吐いたよ。味の感想とか、そんなちゃちなレベルじゃなかった。


 食えるわけねえだろ、こんなもんっ!


「アスタ様、まだ片付けにお時間かかりますか? ……っ!? 誰かっ、誰かぁぁぁっ!」


 ああ、マズい。リュスの叫び声が聞こえる。目の前が暗い。

 とうとう、僕、死んだかもしれない。

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