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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右
第二章:破滅迫る、ハッタリ男爵投資劇。 ~“君がためのサキオン”になりたい~

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111/119

第111話 前借りの命。我が放つは、術師殺しの禍矢。

 シスター・マグダリアが直肌に触れた。


 そのまま衣服の隙間を縫うように、腰椎の辺りへと這い進む。


 老執事ゲロハルトが、深く、長く。

 肺にある澱みを出すように、息を吐いていく。


「……ふぅぅぅうううううっ」


 すると、マグダリアの白い指先から、血の雫がじわり滲み出す。

 土と蜜の香りの生暖かい血液が、老いさらばえたゲロハルトの皮膚へ。乾いた大地が雨水を吸い込むように染み込むのだ。


「そう、力を抜きなさい。あたくしに身を任せて――」


 こみ上げる、たまらぬ(いき)れ。

 衝撃の予感。歯を食いしばる老執事。


 ――ピキ、ピキピキッ……メキッ。


 ゲロハルトの全身の骨が、不自然に鳴動。


 背筋に鋼のバネが蘇り。

 深い皺の刻まれた貌に、鮮烈な覇気が宿る。眼光はギラつく力に満ち溢れていた。


「あなたの命の火を、ほんの少しだけ『前借り』して差し上げましたわ♡」

「誠に、誠に感謝いたしますぞ、シスター」

「クスクス……それはもう、我が子(・・・)の頼みですからね」

「いやはや。この年で、そう言われてしまうと威厳がなくなってしまいますな」


 ゲロハルトが、すぅっと立ち上がると……。

 待ち構えていた村の男衆が、黒塗りの弓を手渡した。


「翁殿、準備は万端でごぜえやす」

「おお、ようやった。あとで、マズい酒でも飲み交わそうぞ」

「こいつを拝める日がまた来るなんて……俺たちも感無量ってやつですよ」


 それこそが、かつて戦場を掛けていた頃の獲物。

 村の男たちが、五人がかりでようやく弦を張れるほどの大弓である。


「実に軽やか、身体に羽が生えた気分ですなぁ。……あの戦場で腰をやられてからは、強弓(こわゆみ)が引けず、何の役にも立てぬ無能となり下がっておりましたから」


 ゲロハルトが指先で(つが)えたのは……黒色に鈍く輝く特製の矢。

 そう、アスタが精製した黒銀結晶(クロシュライト)の破片。それが(やじり)には練り込まれていた。


「――しかし、またこうして(しゃ)が愉しめるとは」


 老執事ゲロハルトに浮かんだのは、純真な歓びだった。


「くすくす。いくつになっても変わりませんね、我が子ったら♡」

「……いい加減おやめください、皆の前ですぞ」

「うふふふ♡」

「されど――本当に感謝いたします、我が母(マザー)


 老執事ゲロハルトは、改めて礼を述べた。

 弓が引けること、主君の役に立てること――血沸き踊る戦場に帰ってこれたこと。


「まずは試し撃ち。……さあ、皆様ご照覧あれっ! これから放つは、我が主アスタ男爵が直々に開発された“術師殺しの禍矢”にございますれば!」


 氷壁に並ぶ者たちの視線が、一点に集中。


 ゲロハルトは氷壁の縁。奈落を見下ろす位置へと悠然と立つと、迷いなく弦を引き絞る。


 ギリギリ、と。

 強靭な弓弦が悲鳴を上げて、極限まで張り詰めた。


 狙うは、火球を練りあげんとする――はぐれ魔術師(ウォーロック)


 ――ビィンッ!


 放たれた一矢。

 赤き月光を切り裂く雷鳴となった。


「ぐふっ!?」


 あまりに異常な貫通力。

 はぐれ魔術師(ウォーロック)の展開していた魔術障壁を容易く破る。


 矢は胴へと深々と突き刺さり……励起(れいき)


 それからは、かつてアスタが魔熊との死闘において実証した通り。

 魔術回路が発動するまさにその時。生物の体内へ、黒銀結晶(クロシュライト)の破片が入り込むとどうなったか……結末は無惨。


 ――ドォォォォンッ!!


 体内の魔術回路が、強烈なスパークを引き起こす。

 術師が内包する魔力は暴走、身体の内部から爆散。焼け焦げた臓物が一気にまき散らされた。


「ふむ、さすがは若様が作られた矢。……しかし、まずは肩慣らしといったところでしょうな」


 平然と言い放つゲロハルト。


 混乱の極み。

 恐れおののく賊たちを余所に、ゲロハルトは次々と矢を放つ。


 その一射一射が、戦場を塗り替えていく死神の指先。

 無学な老人が魅せる、つまらぬ人生の積み重ね。


「人の身体が?! はぐれ魔術師(ウォーロック)の身体が爆発していくぞぉぉぉっ!?」

「ひぃぃぃ!? 城壁だ、あれを作った魔術師の仕業に違いないっ!」


 速射だ。また一つ、また一つ。

 はぐれ魔術師(ウォーロック)の肉体がどんどん爆散。

 無知なる者にとって、それは理解を超えた光景。


「なんだ、この速度と正確さは……?」

「いえいえ、この城壁の位置が実に良いのですよ。目も耳も良くなりましたしな、風読みも楽にございまする」

「……そういう次元じゃないだろう、その腕前は」


 オノレは、目にしている現実が信じられなかった。

 あまりに神業じみた狙撃。


 つまるところ、動乱の時代を生き抜いた“従軍していた年寄り”とは――餞別を受けた生き残り。古強者。

 ヤバマーズという野蛮な地で、なぜこの老人が敬われ続けてきたのか。その理由を、オノレは今、身を以て理解した。


 そこに――。


「隠れても無駄であるっ! 非道な盗賊たちに、慈悲などない!」

「ひっぃいぃぃっ!? お助けをぉぉぉっ!?」

「こいつは怪物だ、絶対、馬の世話係なんかじゃないぃぃっ!!」


 物陰に隠れようとするはぐれ魔術師(ウォーロック)がいれば、ロダンが金棒担いで殴り込みにいく。



 氷の城壁、聖騎士ロダンの武、老執事の狙撃。

 どれか一つ欠けても、鎮圧は出来なかった。


 不足があらば、盗賊がまた暴徒に戻っていたやもしれない。

 当然、防衛線は危機に陥っただろう。


 しかし、そうはならなかったのだ。


「あらかた、掃除は済みましたな。……オノレ様、次は使い魔に移りましょう」

「え、あ、ああ……! 行けっ!」


 呆気にとられていたオノレが、正気に戻って杖を振る。

 上空へ放たれたのは、一羽のフクロウ。


 ――だが、それを見逃す敵ではない。

 星なき漆黒の夜空、虚空が不気味に歪む。

 

 魔力探知すらすり抜けて、しかし確実にオノレのフクロウを追跡する不可視の捕食者(・・・・・・・)

 それが数匹がかり。容赦のない狩りの陣形で迫る。


「くっ、やはり無理かっ!?」


 哀れ、使い魔たるフクロウ。

 突如、引き裂かれたかと思えば、羽根を散らして墜落した。


「見ての通り、この様だ。……打つ手がない」

「……まさか相手は、“不可視の魔物”にございましたか」


 老執事ゲロハルトは、弓を構えたまま身動きが取れなかった。


「ああ。ろくに探知にも引っかからないし……形も不明だ。わかっているのは、敵が“一匹ではない”ということだけだ」


 戦場の制空権が支配されている。

 そう、嘆くオノレ。


「オノレ様。残りの使い魔、その手持ちは?」

「今、リュシエンヌに一羽、別動隊に一羽付き添わせている。……もう予備は、手持ちに一羽しかいない」

「残るはたったの一羽……に、ございますか」

「そうだ。……そして、今すぐにでも使い魔を飛ばし、アスタを見つけ出さなければ、もう間に合わない」


 事態の重みが、心身に沈むのを感じた。


 するとゲロハルトは……瞼を伏せた。

 夜風に乗って流れる、わずかな気配に耳を澄ませているのだ。


 目に見えぬ不可視の怪物が、いくつも空を飛んでいる。

 そこで、たった一羽のフクロウを守り抜かねばならない。


「上空に、視えぬ猟犬がいるようなものですな。執拗に輪を描いて、次の獲物を待っている」

「……そうとも言える」

「しかしですな――猟犬とは、我らがヤバマーズの御旗なのですよ」


 そう、ヤバマーズの紋章こそ“ゴブリンを狩る猟犬”である。

 王命で、魔物を狩る者の末裔である。


 ゲロハルトは深く、深く深呼吸。

 肺を、戦場の気で満たしてから――双眸をカッと見開いた。


「わかりました、オノレ様。ならば、この爺に万事お任せあれ」


 ……この老人。

 学は全くないが、やはり貫禄だけはあるのだ。

いつも応援ありがとうございます!


「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。


作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
シスターマグダリアには教会出身のリュスとロダンが違和感を感じていたから、魔物に属する人物なのかと思っていましたが、もしかするとヤマバースの人達は少なからず魔の血を継いでいるのかもしれないな、と今回の話…
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