第10話 マグダリアは微笑む、光の届かぬ礼拝堂(後半)
「……森の影響は、生活にまで及んでいるようだな」
「うふふふ、そうですね。ここ数十年、妙に乾いた霧が森からやってくるようになりました。肌寒い風が吹き、作物もろくにとれませんから、なんとか食べられる物を探して、糊口を凌いでいるのでございます」
「子供達には何をさせている?」
「読み書きを教える時間以外には、麻を紡いだり、野草やドングリを取ってきてもらったり……そんなところです」
「野草に、ドングリと来たか」
「それでも子供たちには、なるべく森へは近づかないようにとは、伝えておりますよ」
「賢明だ」
ロダンは、改めて部屋を見回す。
「ヤバマーズ男爵が、異端の儀式に傾倒している様子は?」
「ございませんわ」
きっぱり即答。マグダリアの微笑みは崩れない。
「むしろ、こちらが伺いたいのですが」
マグダリアは、ほんの僅かに首を傾げた。
「なぜ今さら、中央は本腰を入れたのでしょう?」
空気が、張り詰める。
「……必要が生じたからだ」
「必要、とは?」
ロダンは沈黙した。代わりに、リュスが口を開く。
「別にお答えしても構わないでしょう、ロダン。……近隣領でも、魔素濃度の上昇が確認されました。事態の拡散傾向があります」
「あらまあ」
マグダリアの微笑みが、ほんのり深くなる。
「それは、大変ですこと」
が、言葉と声色が一致していない。気持ちがこもっているように思えない。
「男爵様については、どうお考えです?」
リュスが問う。
「あら、抽象的な質問ですね。善良なお人ですわ」
これも即答。
「ですが」
そこで、初めて言葉を区切った。
「とても。そう、とても孤独な方でございます」
微笑みは変わらない。
だが、述べられた見解は、妙に具体的な色を帯びていた。
「……男爵様が、なにをされているかはご存じですか?」
「さあ、なにぶん学がないものですから。ですが、状況を打破しようと、命がけで努力されていらっしゃるのでしょうね」
命がけ。ロダンは思わず、聞いてしまった。
「ヤバマーズ男爵を、止めないのか」
「止めたところで、なにかが解決しますか?」
ロダンは言葉を失う。
沈黙の中、子どもたちの笑い声が遠くで響いた。
「この土地は、すでに崩れかけております」
マグダリアは、ゆっくりと言う。
「男爵様を止めても、森は止まりません。魔素は減りません。収穫も戻りません」
淡々とした事実確認。
「ならば、せめて……足掻いてくださる方がいるというのは、まだ健全と言えるのではありませんこと? ええ、もちろん、あたくしは見守ることしか出来ませんが」
細められた瞳の奥が、見えない。そこに今、どんな感情があるのか。
(この女と話していると……ざらついた砂を舐めたような。ずっと、そんな違和感が口の中でする)
聖騎士ロダンは、早くこの場を立ち去りたかった。が、使命がそれを許さない。
「……。であれば、話は早い。我らも、状況改善の努力をしよう。まず、食料と寝床を確保したいのだが」
「あらぁ、騎士様。困りましたわ。見ての通り、あの子たちの夕餉さえ、毎日出してあげられるかどうか悩んでいるものですから。……あ、それとも」
マグダリアは眼を細めたまま、ロダンの顔を覗き込むように近づけた。
「騎士様は、ご自分の身を削って、あの子たちの栄養になってくださるのかしら?」
「……何をバカなことを」
「冗談ですわ。クスクス、そんなに怖い顔をしないで。……でも、一つだけ忠告しておきますね?」
ふわり、と。
マグダリアが動くたびに、この古い教会には似つかわしくない、湿った香りが漂う。
「この地の闇は、聖王様の光が届くほど浅くはありませんの。……あまり深入りしすぎると、希望を見つけるより先に、別の御方に見つかってしまいますわ」
ロダンは、思わず身を引いた。
「……別の御方だと?」
「うふふふ……さあ、子供たち。お客様方にご挨拶なさい。この立派な方々は、きっと『たくさんのお土産』を持ってきてくださったはずですもの」
マグダリアが手を叩くと、扉の手前で盗み見していた子供たちが、一斉にロダンたちに群がった。
聖騎士としての威厳を保とうとするロダンだったが、汚れた小さな手でマントを掴まれ、慌てふためく。
「お土産……と言えるほどの物はないけれど」
リュスは、子供たちに精一杯の愛想を向けた。そうして、背筋に走る言いようのない悪寒を、必死に押し殺していたのだった。




