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第1話 若き当主、アスタ・ド・ヤバマーズ

 我が、ヤバマーズ男爵家の歴史。

 それは――“マジヤバい”の、一言に尽きた。


 初代当主は、王様との賭けポーカーで、イカサマがバレて。

 このクソみたいな、不毛の地を、押し付けられた、そんな男だ。(まあ、度胸だけは認めてもいい)


 二代目は、領地で唯一まともに採れる、よくわからん謎キノコを特産品にしようとして……結果、中毒死。


 三代目は隣国の姫様に、恋をして……ラブレターを、矢文で撃ち込み、敵襲と誤解されて戦争寸前。責任を取らされて、家は子爵から男爵に格下げ。


 そう、努力も好意も空回り。

 考え足らずで、なにをやっても裏目に出る血筋。


 そんな、マジヤバい血筋の末裔が――僕、アスタ・ド・ヤバマーズ。十九歳、ここの当主だ。


 先月、追い込まれた父上が言った。


「実は、このキノコいけるんじゃないか?」


 乱心だ。先祖の失敗を引き継いだ挙句、なんやかんや死んでしまった。

 まさか、あのキノコで中毒を起こすと、あんな症状になるとは知らなかったが。あまりのひどさに、領民はもちろん、使用人たちですらこう言った。


 ――ヤバマーズ家の男爵様は呪われたのだ、と。


「ばかばかしいことだ……呪いなんて」


 なんにせよ、この詰んでいる領地を、僕は若くして継ぐことになったんだ。


「若様……今月の食料は底を尽きましたぞ」


 忠実なる執事ゲロハルトが、胃を押さえながら告げる。顔色が緑に近い。


「僕もなんとか、タンポポのおひたしディナーで耐えてたんだけどな~」

「ああ、若様。なんとお痛わしい! ちなみに、私めの昨晩の夕餉は、土でございます」

「お前の方がヤバいだろ!」


 思わずつっこんだが、すぐに申し訳ない気持ちになる。


「ごめん、ふがいない主で。残ってくれたお前を、養うことすらできやしない」

「うう……若様。爺は、爺は情けのうございますっ! 主のために、なにも出来ないことがっ!」


 もう、本当に、この領地は終わってる。

 民は飢え、土地は痩せ。開墾しようにも、西の森には、魔物がうじゃうじゃいる。

 兵を雇う金もない。

 このままでは、冬を、越せないだろう。


 ヤバマーズ男爵家は僕の代で、終わる……しかも、たぶん餓死だ。


「くっ、元はと言えば、初代の野郎がっ! うっ!」


 叫ぶと腹に堪える。「ぐぎゅるるるるるるッ!」と、胃腸から断末魔のような叫び。元気なのは、腹の虫だけだった。

 せめて、最後に腹は満たしたい


「なあ、ゲロハルト。森に、あれだけいる魔物だが」

「おやめください、若様! 何を考えておられるか、爺にはわかりますぞ! 父君も祖父君も、やらかす前に、似たような顔をされておりました!」

「まあ、聞けって。……あれ、食えるんじゃないか?」

「なりません! 魔物肉は、魔素に汚染されております! 食せば、人もまた魔物と化しますぞ!」


 魔素。この世界に満ちる、エネルギーとされている。

 生物がこれに過剰に晒されると、肉体が変異し、魔物となる。人間も例外ではない。


 なにせ、魔力に優れた魔術師が、まず気を付けることは”己自身が魔物となること”なほどだ。

 なるほど、確かに危険だ……あまりにも。わかっている。


 だが、僕に流れる、ヤバマーズ家の血が囁いていた


 ――だから、なんだ?


 ああ、この囁きに耳を傾けたから、我が家は滅びるというのに。

 僕は、自分の血が騒ぎだすのを、止められなかったんだ。


「なりませぬ、若ぁっ!」


 残念ながら執事ゲロハルトには、僕を引き留められるほどの力は残ってなかった。



***



 僕は、さっそく森に罠を張り、グリーンゴブリンを捕まえて来た。ぶらんと棒に縛られているゴブリン。


「なあ、ゲロハルト。魔素抜きの方法ってなんだ?」

「知りませんよ、そんなもの! あるわけないでしょう!」


 そりゃそうだ、わかってたら誰も悩まない。

 まず、大鍋でひたすら茹でてみた、アク抜きと同じだ。肉はボロボロになり、出汁はひどく臭くにごっている。

 しかも、臭かった。


 味は――


「おやめください! このままでは先代の……父君の二の舞ですっ!」

「うるさいっ! 遅かれ早かれ死ぬなら、腹いっぱいにしたいんだ!」


 すがりつく忠臣に乱暴を働くのは気が引けたが、こちらも必死だ。無理やり押しのけた。

 口にすると、ぶよぶよして、筋張っている。ヘンに肉が伸びるんだ、生臭い。


 では、魔素はどうか?

 魔素の味は、端的に言えば……苦いんだな。湯に解けたのか、苦みは薄まった気がするが……取り除けている気がしないし。


「おえっ……さっきから吐き気が酷いぞ」


 要するに、失敗だった。

 ベッドで苦痛にのたうちまわりながら、野草を煮出した湯で誤魔化した。


 それでもこの愚かな考えは止まらない、これがヤバマーズの血なのか。

 愚かだと思っていた先祖の気持ちが、わかってきた。(わかりたくもなかったけどな!)


 煮たものを、水気を抜いたらどうか?

 塩漬けにしてみては?

 乾燥させたら?

 解毒の定番、灰を使えば?


 なぜか次々に、そんなおかしな考えが思いつくのだ。


「若様ぁ……この家が絶えるのは悲しいですが、食中毒の実験台として絶えるのは、あまりに不憫にございます」

「実は、僕もそう思うんだがな」

「でしたら! いっそ、領地を捨てたとしても、他の生き方を……」


 ゲロハルトが涙ながらに訴えて来るが、それは出来ない相談だった。


「僕は、ここの領民に生かされてきたのだ。だから、この地を捨てることだけは、してはならない」

「若様っ! まさしく領主としての誇り、自負でございますねっ!」

「そうだ。それに、だ――空腹で研ぎ澄まされた僕の脳内に、新しいレシピ(?)が次々と浮かんでいるのに、諦めきれるだろうか!」

「ご立派と思いきや、やはり、御乱心していらっしゃる!?」

「いっそカリカリに乾かしてしまえば、魔素も霧散するのではないか?」


 僕は肉を薄切りにして、風通しの良い軒下に吊るした。

 翌朝、そこにあったのは、鉄板より硬い何かだ。魔素が乾燥によって結晶化したのか、ナイフですら刃が立たない。へえ、こうなるのか。


「……いや、乾燥で結晶化なんてするのか?」


 性質がいまいちわからない。

 無理やり前歯で噛み砕こうとしたが、「ガキッ」という嫌な音とともに、僕の歯が悲鳴を上げただけだった。無理だ、これ。


「これ、煮戻したら同じことかな」


 試そうか迷っていると。

 偶然、カラスが乾燥肉を奪い去って、飲みこんだ。


「――あ」


 そして、カラスの羽は変色。魔物化しそこねて、墜落して動かなくなった。


「……可哀想に。こいつも、腹が減ってたんだろうな」


 僕は、残ったゴミをそっと捨てた。

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