9話
浅田哲也視点
文化祭本番
文化祭当日の校舎は、朝からざわめきに包まれていた。
模擬店の呼び込みの声が重なり、焼きそばの匂いが風に乗って漂う。舞台からは太鼓の音が響き、色とりどりの飾りが揺れていた。校庭はまるで祭りの広場のように熱気に満ちていた。
人の波が押し寄せ、笑い声が途切れることなく続く。提灯の赤い紙が風に揺れ、影が長く伸びていく。その光景は、胸の奥のざわめきを映しているようだった。
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俺は模擬店の手伝いをしながらも、視線は無意識に美代子を探していた。
――今日こそ、伝える。
そう誓ったはずなのに、彼女は仲間と笑い合っていて、近づくタイミングを失っていた。
胸がざわつき、タオルを握る手に力が入る。
「浅田、もっと声出して!」
仲間に促され、笑顔を作った。
けれど、目は泳ぎ、足が止まってしまった。
呼吸を整えるふりをしても、心臓の音は隠せなかった。
――どうして声をかけられないんだ。俺は何を怖がっている?
焼きそばの匂いが強くなり、汗が額を伝う。声を張り上げても、心の奥では別の声が響いていた。
――彼女の笑顔は俺に向けられたものじゃない。そう思うだけで胸が痛む。
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昼下がり、舞台発表の準備で廊下を歩いていると、ふと美代子と視線が重なった。
ほんの一瞬なのに、永遠に伸びていく。
胸が熱くなり、喉が乾いて声が出ない。
彼女が視線を外した刹那は、あまりにも短く、冷たく消えた。
その感覚が胸の奥に沈殿する。
――やっぱり、俺のことなんて見ていないのかもしれない。
確かな根拠はないくせに、そう見えてしまう。
気持ちだけが固まっていくのを止められなかった。
彼女の瞳に映った自分の姿を、ほんの一秒なのに何度も反芻してしまう。
時間が伸びていく錯覚に包まれ、逆に視線が外れた瞬間は刹那で消えた。
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夕方、校庭の提灯が灯り始める。
祭りのざわめきの中で、再び彼女の姿を見つけた。
紙花が風に揺れ、その儚さが今の俺の心を映していた。
提灯の灯りが風に揺れる。その揺れは、俺の決意の不安定さを映しているようだった。
――次こそ、もう逃げない。
タオルを握りしめ、息を整えるふりをしてから、前へ出る一歩を選ぶ。
光に照らされた彼女の横顔が、胸の奥で永遠に焼きついていた。




