6話
大谷美代子視点
対校戦の帰り道
大会が終わり、夜のバスに揺られていた。
窓の外には街灯が流れ、ガラスに映る自分の顔は少し赤く見えた。
暖房のぬるい風が車内に流れ、汗と塩素の匂いが混じっている。
座席の軋む音、友達の笑い声、眠気に沈む息づかいが重なり、夢と現実の境目のような空気が漂っていた。
街灯が途切れてはまた灯る。その繰り返しが、彼との関係の不安定さを映しているように見えた。
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――浅田くんの泳ぎ、すごかった。
アンカーとして必死に泳ぐ姿は、胸に焼きついている。
でも、それは仲間全員のためだったのか。
それとも……私のためだったのか。
最初は期待で胸が膨らんだ。
けれど疑念が忍び込み、痛みへと変わり、最後には決意だけが残った。
彼に惚れさせたいと思うのは私のプライド。
けれど、仕掛けなきゃ進まないのは私の不安。
両方が胸の奥でぶつかり合って、落ち着く暇をくれない。
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バスの後方では、浅田くんが仲間と笑い合っていた。
肩を叩かれて、楽しそうに笑っている。
その姿を見ていると、胸が締めつけられた。
思わず窓の外に視線を逃がし、笑顔を作ったけれど、唇が震えていた。
隠したはずの痛みは、胸の奥でじわじわと広がり続けていた。
――やっぱり、私だけを見てくれているわけじゃない。
それどころか、わざと距離を置いて焦らせているんじゃない?
彼の笑顔さえ、私を試すための作戦に見えてしまう。
そして、ふと黙り込む沈黙さえ、計算に思えてしまう。
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でも、ふとした瞬間。
彼の視線がこちらに向いた。
ほんの一秒もなかったかもしれない。
けれど、その一瞬が永遠に続くように感じた。
胸が熱くなり、指先が制服の袖をぎゅっと握りしめる。
髪を耳にかける仕草で誤魔化そうとしたが、心臓の音は隠せなかった。
呼吸は浅く、喉が乾いて声が出ない。
膝が震えて、足先まで熱が広がっていく。
視線の残像が瞼の裏に焼きついて離れない。
時間が止まったように錯覚し、周囲の笑い声も、バスの揺れも消えてしまった。
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「ねえ美代子、浅田くん、絶対あんたのこと見てたよ」
「そんなわけないってば」
「でも顔、赤いよ?」
「……違う、これはバスの暖房のせい」
「ふーん、そういうことにしておくね」
「……ほんとに違うんだから」
「じゃあ、次の大会で確かめるしかないね」
「やめてよ、からかわないで……」
友達が笑いながら「やっぱりそうだよ」と囁いた。
その声が、バスの揺れよりも強く心臓を揺らした。
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窓の外の街灯が流れるたび、胸の奥で新しい決意が灯っていく。
――次は、私からも仕掛けてみよう。
彼が距離を置くなら、私だって負けない。
夜のバスの揺れに合わせて、心臓の鼓動も揺れていた。




