5話
浅田哲也視点
対校戦のリレー
冬の気配が近づいても、屋内プールの空気は熱気で満ちていた。
塩素の匂いが鼻をつき、スタート台の冷たさが足裏に残る。
水面を切る音が反響し、観客席のざわめきが波のように押し寄せてくる。
ライトに照らされた水滴が虹色に輝き、視界はきらめきに満ちていた。
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今日は対校戦。
俺は自由形のアンカーを任されている。
勝利はチームのため。
けれど心の奥では、美代子に自分の泳ぎを刻みつけたいという欲が渦巻いていた。
――この泳ぎで、彼女に勇気を与えたい。背中を預けてもらえる存在になりたい。
そして、彼女にとって「特別」だと思わせたい。
頭では冷静に考えているのに、期待と不安が交互に押し寄せて、胸の奥がざわついていた。
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レースが始まる。
背泳ぎの第一泳者は美代子。
フォームは水面に描かれる一本の線のように澄んでいて、肩から指先までが伸びやかに広がる。
ターンの瞬間、髪が水に揺れて、光が反射して星のようにきらめいた。
その横顔には緊張の影があり、眉をわずかに寄せて呼吸を整える仕草が見えた。
――やっぱりすごい。
俺は思わず見惚れてしまった。
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バトンがつながり、ついに俺の番。
スタート台から飛び込むと、水の冷たさが皮膚を刺す。
肺が焼けるように苦しい。
それでも腕をかくたびに、心臓は美代子の声を待ち望んでいた。
必死に泳ぎ切り、タッチ板に手を伸ばす。
ゴールの瞬間、歓声が爆発した。
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プールから上がると、美代子がタオルを差し出してくれた。
「お疲れさま。すごかったね」
その声を聞いた瞬間、胸が熱くなり、指先まで痺れるような感覚が広がった。
呼吸は浅く、鼓動は耳の奥で鳴り響いていた。
ほんの一瞬なのに、永遠に続くように感じた。
――俺だけに向けられた言葉だ。
そう思った瞬間、胸が跳ねた。
けれど、彼女は次の瞬間、仲間にも同じ笑顔を見せていた。
胸が締めつけられ、声を震わせないように笑顔で隠した。
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「浅田、ナイスアンカー!」と仲間が肩を叩く。
歓声に包まれながら、俺は心の中で誓った。
――次こそ、美代子にとっての唯一になる。
汗と水滴の中で、その決意だけが強く残っていた。




