10話
大谷美代子視点
最終話 文化祭の夜に
文化祭の一日が終わりに近づいていた。
校庭には提灯の灯りが揺れ、模擬店の片付けをする声があちこちから聞こえてくる。焼きそばの鉄板の匂いがまだ残り、夜風がそれを薄めていく。舞台からは最後の演奏が風に乗り、観客の拍手が波のように広がっていた。
人の波が少しずつ引いていき、祭りの熱気が静けさへと変わりつつあった。提灯の赤い光が揺れるたび、影が長く伸びて重なり、校庭全体が幻想的な舞台のように見えた。
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私は展示の片付けをしながら、何度も浅田くんの姿を探していた。
――今日こそ、近づく。
そう決めていたのに、昼間は人混みに紛れてタイミングを失い、廊下で視線が重なった瞬間も、結局声をかけられなかった。
その冷たさが胸に残り続けていた。
片付けが終わり、校庭に出ると、提灯の赤い光が風に揺れていた。
紙花の飾りは少し破れかけていて、その儚さが心の不安定さに重なった。
――もう終わってしまう。
そう思った瞬間、背後から声がした。
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「美代子」
振り返ると、浅田くんが立っていた。
汗で額が光り、タオルを握りしめている。
その姿に、昼間の迷いがすべて蘇った。
「今日の展示……すごく良かったよ」
彼の声は少し震えていた。
私は慌てて笑顔を作った。
「ありがとう。でも、みんなが頑張ったから」
沈黙が落ちる。
提灯の灯りが揺れ、二人の影が長く伸びていた。
心臓の音が耳の奥で響き、喉が乾いて声が出ない。
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「……俺、ずっと言いたかったことがある」
浅田くんが視線を逸らし、タオルを握りしめた。
その仕草に、昼間の迷いが重なる。
――また、すれ違ってしまうの?
胸が痛み、思わず一歩近づいた。
「私も……伝えたいことがある」
声が震えた。
でも、もう逃げたくなかった。
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「今日、楽しかった?」
「うん……でも、ずっと言いたいことがあった。」
「私も……同じ。」
提灯の灯りが風に揺れる。
その揺れは、私たちの決意の不安定さを映しているようだった。
けれど、同時に心の灯火のように見えた。
「美代子……俺、君のことが――」
「私も……浅田くんのことが――」
言葉が重なり、二人は顔を見合わせて笑った。
その瞬間、昼間の誤解も痛みも、すべて溶けていった。
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夜風が冷たく、紙花が揺れていた。
儚さの象徴だったはずの紙花が、今は未来への希望に見えた。
提灯の灯りが赤く揺れ、二人の影が寄り添うように重なった。
――もう逃げない。
そう心に誓った。
この夜を、ずっと忘れない。
これからも、きっと笑って一緒にいられる。
文化祭の夜は、私たちの始まりだった。




