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もしもが向かう場所~welcome location~

作者: じゅラン椿
掲載日:2025/11/19

 高校を卒業した春、松原 千里(まつばら ちさと)は東京へ行こうとしていた。正直に言えば『行きたい』と思っていた。


駅前のバス停で東京行きの高速バスを待つ自分を想像した。胸の奥がやけどしそうなくらい、熱くなった。


 けれどそれは、幻のまま、消過(しょうか)した。いいぇ、消過(しょうか)させたのだ。


 家庭の事情・環境、何より千里自身に、勇気のひとしずく、前進のカケラを持ち合わせていなかった。"受かるはずがない"と自分が自分で、ささやき、千里はそのササヤきに従った。


 オーデションのフォームは何度も開き、ホントにオーデションのフォームなのか疑って、タップしなかったのなら、郵便で送付することも可能だったのに、やっぱり、躊躇が先回りして、違う選択をしたのだ。


そんな自問自答は、もう五年も静かに眠り続けている。


♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 今日は仕事の帰りに、なぜか、地元の商店街へ足が向いていた。昔からの花屋の前で、いつもより人が集まっている。


特設ステージ・ライト・司会者・・・


 「まもなく、東京で活躍中の俳優、立影 亮(たちかげ りょう)さんが登場します」


拍手が広がり、千里は思わず足を止めた。この商店街出身。



数分後、彼が登場し、テレビで見たまま、明るい笑顔。

 「みんな元気?」

 観客の歓声が広がり、千里は少し離れた場所から様子を見守っていた。


司会者が質問した。

 「では亮さん、"もしもあの時"で始まるエピソード、ありますか?」


千里は息を呑んだ。テーマが千里自身に命中。

立影 亮は、少し考えてから、話し始めた。

 「実は僕も昔、逃げたことがあって、初めての大きなチャンスなのに怖くて行かなかったことです」

その発言に驚きはしたけど、共感した。

 「でも、選ばなかった道って、ずっと心に残る だから、僕は、あとから、選びなおしました 遅くても実行してよかった、そんなエピソードです」


その一言はパンドラの箱を開けるような感じに思えた。


♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


帰り道、千里は無意識にスマホを手にし検索していた。

"初心者可能、オーディション募集"

いくつかのオーデションフォームがヒットし、その中の一つを選んだ。こんなにも選択肢があるのか・・・・千里は何年も目を逸らして過ごしてきたのだ。


 ふと、五年前の自分が頭をよぎった。

もしも、あの時あの駅で、降りていたなら・・・。

あの時降りなかった、だからこそ、行きたい、今こそ選択するしかない。


検索表示された画面の中から、一つ選び、必要事項欄に、文字を入力する指が震える。


年齢制限、未経験、地方住み、歓迎と掲示されている。

好きなジャンル、オンライン審査もある。

 画面の下に、五年前にはタップできなかったマークがある。


 "応募する"

指がマークをタップした。

その瞬間胸の奥が何か弾けた気がした。


♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


数日後、一次審査通過のメールが届く。

画面を見つめたまま、その場を動けなかった。自分の中だけ時が止まったようになっていた。


電車が通過する音で、我に返った。

 「行くしかないっしょ、行くしか・・・」

不安と葛藤しながら、千里は自分に言い聞かせた。


東京行きの新幹線のチケットを購入した。

「決済完了」の文字が今日は少しだけレベルアップの自分になれた。



♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


当日

朝のホームに立つと、遠くで新幹線のアナウンスは新鮮に耳に届いた。

風が引率し、空気は祝福する。


 五年前の千里はもういない。新しい千里。


新幹線の車両の扉が開いた。千里は一歩車内へ足を踏み入れた。


 「もしも、あの時できなかったら・・・今やればいいんだ」


誰に告げるわけでもなく呟き、席に座った。

発車のベルとアナウンスが美しい。


窓の外で景色が流れ、迷う気持ちが背を向ける気配がした。



 東京が近づく。

 あの時、千里が選ばなかった未来へ今日確かに向かっている。



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