第7話「死者リストは語る。過去から届くSOS」
火災現場から帰還した俺は、報告もそこそこに倉庫の隅で一人、報告書の山に埋もれていた。
今日の目的はひとつ――「死亡事故」の全記録を洗い出すこと。
ネムスの伝手で、隠し倉庫から引っ張ってきた“未提出報告書ファイル群”。そこには、誰にも正式に報告されなかった事故記録が、大量に詰め込まれていた。
(火災・爆発・落盤・毒ガス・呪詛暴走……そして――圧死?)
報告タイトルの多くは雑に書かれ、手書きは乱雑、時には“濡れて読めない”や“喪失済み”のスタンプが押されたものまである。もはや事故なのか、隠蔽なのか、境界線が曖昧だった。
《業務支援UIモード:死亡記録リスト表示》
───
【死亡者一覧(過去1年)】
件数:43件
・記録済み:19件
・未報告/改ざんの疑い:24件
・再発危険性:高
───
「おいおいおいおい……一ヶ月に3~4人死んでるって何……?」
声にならない吐息が漏れる。しかも、再発危険性の高い事故が山ほどある。未整備の坑道、崩れかけの天井、爆裂属性の未封印武器庫。全部“いつか”じゃなくて“明日”また死人が出てもおかしくない。
その中でも――一枚の記録に、目が釘付けになった。
『死亡報告:兵站補助員/氏名不詳』
添えられた記述はこうだった。
『勤務中に突然消失。目撃者の証言によれば、落盤事故の後、助けを求める声が聞こえたが、数時間後には聞こえなくなった。掘削は“予算の都合”により中止。遺体は発見されず』
記録者の名前すら書かれていない。ただ、「後日処理不要」「報告済にしておくこと」と赤い文字で二重線が引かれていた。
「これ……マジかよ……」
戦場で死ぬなら、まだいい。けど、こんなふうに、黙って潰れて、記録にも残らないなんて。
背筋が凍る。これは――“人間の死”として扱われていない。
そのとき、背後から冷たい声が響いた。
「見つけたのね、その報告書」
振り返ると、エルヴィナが立っていた。腕組みをし、いつものように冷徹な表情を浮かべている。
「あなたもその存在に気づいたということは、ここから先は“ただの改革ごっこ”では済まなくなるわ」
「……ああ、分かってる」
俺は静かに答えた。
「これはもう、“誰かのせい”とかじゃない。長年、放っておかれた組織全体の腐敗なんだ」
「だからといって、あなた一人で正せるものでもない」
「分かってる。でも――一人から始めなきゃ、何も変わらない」
エルヴィナの目がわずかに細められた。睨むようで、測るようで、ほんの少しだけ、迷っているようでもあった。
「あなた、魔王軍にとって“異物”よ。けれど……その異物こそが、唯一の免疫かもしれない」
「光栄です。でも“異物”にしては、胃が痛くなるほど真面目に仕事してますよ」
「……苦労性ね。あまり無理をしないこと。魔王軍は、すぐに“使い捨てる”組織だから」
それは警告か、それとも――気遣いか。
分からないまま、彼女は書庫を後にした。
背を向けたその姿に、俺は初めて、“同じ地雷原を歩いている仲間”の影を見た気がした。
残された報告書を抱えて、俺はそっと息をつく。
(この報告、握りつぶされるかもしれない)
(でも……握りつぶされた記録が、ここに残ってる限り)
(この戦いに、“勝ち筋”はある)
異世界に転生して、俺が初めて感じた“怒り”。
それが、改革の火種になっていく――。
《ステータス更新:
「死亡記録分析者」スキル(仮)に進化条件接近中》
「いや、スキル化しなくていいから。てか、その名称が一番怖ぇよ……」