第6話「エクセルもどきで敵を作る異世界ライフ」
魔王軍の倉庫裏――通称“書庫という名の紙の墓場”。
今日も俺は、崩れかけた棚とねずみの巣をかき分けながら、事故報告書を探していた。
「うわ、これ……乾いてるけど、たぶん血……」
「それ昨日の書類だからセーフっすよ。日付入ってるし」
横でケロッとした顔のネムスが、何がセーフなのか分からない基準で助言をくれる。ちなみに昨日って、兵装庫爆発の日ですよね? アウトだよそれ。
「いや、これさ……書類の管理どうなってんの? ラベルないし、ファイルは開いたままだし、保存期間が“気分”って書いてあるけど?」
「それ俺が書いたかも。だって誰も読まないし~」
どんなブラック企業でも、そこまで割り切ったやつはいなかった。
それでも俺は黙々と報告書を集めていく。
なぜなら、“データが全て”だからだ。
(問題は感情じゃない、実数だ。発生件数、原因分類、再発率……全部出して、逃げられない形にしてやる)
そうして俺が作ったのが――
《安全衛生事故報告ダッシュボード・ver.1.01(β)》
あのね、Excelがないなら、似たような魔導スプレッド式魔法を使えばいいの。これくらいは理論詠唱でなんとかなる。
UIも作った。事故の多発ポイントは赤く光るし、報告書の改ざん疑惑がある箇所には“?”マークが出るようにした。
完璧な視覚化データ。これを持って、幹部会議に乗り込んだ。
「というわけで、こちらが直近三ヶ月の事故統計になります」
俺は魔法ホログラムで全体図を表示する。瞬間、会議室がざわついた。
「……こんなに多いのか……?」
「この赤丸って、全部“死亡”扱い?」
「……しかも、同じ部門で繰り返されてる……?」
「はい。しかもその中には“報告されていない事故”も含まれています。これは報告書と現場の実態の乖離、つまり“隠蔽”の可能性があります」
あえて言葉を強くした。
ざわめきが凍りつく。
だが、すぐに重い声が割って入る。
「ふん、素人が何を……。帳簿や報告書は、現場の判断で“調整”するのが魔王軍の伝統だ」
出た、ゴルザーク中隊長。会議室の空気を10秒で昭和に戻す男。
「その“伝統”で、何人の部下が死にましたか?」
「……!」
「部下を“兵器”扱いするのは簡単です。でも“資源”として捉えたら? 死ぬたびに再教育、戦力ダウン、士気の低下。損失は想像以上です」
ギリ、と誰かが歯ぎしりする音がした。
でも、俺は止まらない。
「俺は、命を“数字”で見ることに抵抗はありません。なぜなら、その方が“守れる”からです」
そのとき――会議室の扉が開いた。
「おや。少し騒がしいと思ったら、なかなか面白い議題をしているのね」
現れたのは、エルヴィナ。
軍法審問官。例の爆発事故以来、何かと俺に突っかかってくる氷の女。
けど今日は、なぜか、少しだけ表情が違った。
「そのデータ、提出してちょうだい。確認するわ」
「……承知しました。ただし、俺の分析メモは手書きなので読みにくいかも」
「構わないわ。理屈が通っていれば、文体はどうでもいい」
そう言って、彼女は俺の手元の魔法スプレッドを受け取ると、会議室の端で読み始めた。
一分後。
「……これは、確かに“事実”ね」
全員が息を呑む中、彼女は静かに言った。
「……魔王軍に、改革の余地はある」
「……!」
「ただし――あなたがその変化に“耐えられれば”の話よ」
彼女の目が、試すように俺を見た。
戦う姿勢。論理で殴る覚悟。ここに来て、ようやく“対話”が始まった気がする。
だがその直後。
「緊急アラート発令! 第五工房より、爆発的魔力反応! 火災拡大中!」
またか!!
「優くん、また君かって言われてるよ!」
「それ、俺が“原因”じゃなくて“予言者”だから!!」
混乱に巻き込まれる中、俺は心に誓う。
(この組織を変えるには……まだまだ火種が足りないな)
異世界×ブラック企業改革、第二章、いよいよ本格始動。