第5話「安全点検、爆発現場からお届けします」
第三兵装庫。そこは武器や爆薬、魔導装置が大量に保管されている、いわば魔王軍の“火薬庫”。
で、そこが盛大に吹っ飛んだわけである。
「被害状況、これで全部っすね~」
ネムスが、焼け焦げた紙片をまとめて差し出してくる。灰まみれ、字は読めない、書いた人の名前すら溶けてる。なにこれ現代アート?
「……報告書、これだけですか?」
「まぁ、現場も報告も、全部燃えたし」
「そういう問題じゃないでしょうが!!」
全力でツッコんでる場合じゃない。俺とネムスは、今まさに半壊した兵装庫の中にいた。周囲は焼け焦げた爆薬樽、炭になった天井梁、そして――
「……なんでコーヒーサーバーだけ無傷なんですかね」
「うちの呪詛技術部が趣味で魔力耐性つけたらしい」
「呪詛、もっと他に使う場所あるでしょ!!」
ともかく、現場はひどい有様だ。見渡す限り、全部“燃えた”。けが人も十数名。幸い命に別状はなかったらしいけど、これ……完全に人災だ。
「魔力安定器が暴走して引火。設置場所の通気口が詰まってたせいで、熱がこもって……って、そりゃ爆発しますよ」
しかもその通気口、俺が今日点検する予定だった場所だった。
間に合っていれば――防げたかもしれない。
唇を噛む。くやしい。悔しいが、ここで立ち止まってる暇はない。
(情報収集だ。まずは現場を把握する)
「ネムスさん、安定器の設置記録ってあります?」
「記録……あったかも。でも多分、あの棚に置いてたっす」
指差された棚は……うん、見事に消し炭ですね。
「じゃあ、関係者にヒアリングします。設置作業を担当した人、どこに?」
「あー……三日くらい前に転属した。今は“使い魔研究課”だって」
「まさかの異動先!」
「あと、施工管理者は辞めました。“命の危機を感じた”とか言って」
「まっとうすぎて涙出そう」
この職場、人材流出率どうなってんだ。
そんな中、場違いなほどピンと背筋を伸ばした声が現場に響いた。
「この惨状、いったい誰が責任を取るつもりかしら?」
現れたのは、黒髪をひとつに結った魔族の女性。鋭い視線、ピンと張った軍服のライン、そして胸に掲げられた“審問官”の紋章。
(あ……この人、ヤバいやつだ)
「軍法審問官、エルヴィナ様です!」
周囲の魔族たちがビシッと敬礼する中、俺は微妙に中腰のまま固まる。
(エルヴィナ……! この人、第七章までメインヒロインになるやつじゃん!!)
などというメタ思考を振り払い、俺は思い切って名乗った。
「ど、どうも。兵站整理部門の臨時職員、高槻優と申します。本件の現場第一通報者です」
「……あなたが」
エルヴィナの視線が刺さる。圧がすごい。表情は完璧に無表情だが、眼だけが「お前、絶対許さない」と言っている。
「この爆発、あなたが現場を調査していたせいで起きたという話があるけれど?」
「はい、それは間違いです。むしろ調査しようとした矢先でした。状況を図示して説明します」
俺は焦げた床にチョークで円を描きながら、爆発の構造と熱気の流れ、そして詰まっていた通気口の位置を描いた。
エルヴィナは一言も口を挟まず、それをじっと見ている。
そして――
「……なるほど。論理的には通っているわ」
「ありがとうございます」
「ただし、あなたが異物だという事実は変わらない」
「否定しないけど、認めないでください!」
「とにかく、今回は処分保留よ。証拠もないし、ネムスが“こいつは止めようとしてた”って証言してたから」
「ネムスさん、グッジョブです」
「いやぁ、俺もこいついなかったら、今日死んでたしねぇ~」
ヘラヘラ笑うネムスに軽く感謝しつつ、俺は心の中で息をついた。
(なんとか乗り切った……)
でも、これで終わりじゃない。
爆発は起きた。けが人も出た。魔王軍の内政がボロボロなのは、もはや誰の目にも明らかになった。
ここから、俺が何をどう変えていけるのか。それが、本当の勝負だ。
(よし……やるぞ)
異世界に転生して五日目。ようやく俺は、戦場に立った気がした。
《ステータス更新》
【職務適性】→「リスク評価担当(仮)」が追加されました
【備考】周囲の人間から“火種を運ぶ男”とささやかれ始めた
「……なんだこの納得いかない備考は」