第4話「魔王軍ヒアリング開始。なお、全員口が悪い模様」
ゴルザーク中隊長から与えられた猶予は「一週間」。その間に、現場の点検と改善提案を好きにやっていい。成果が出なければ、俺の報告書は燃やされる。
うん、普通にパワハラ。
でも、チャンスはチャンスだ。ここで実績を見せれば、口だけの新入りから“改善屋”としてのポジションが築ける……かもしれない。
(まずは現場の実態を把握しないと……)
というわけで、俺はヒアリングを開始することにした。題して、【魔王軍・構内リスクマネジメント緊急聞き取り調査】。
なお、この調査名は、全員にスルーされた。
聞き取り一人目は、物資搬入係のオーク・ノルゾ。
「最近困ってることとか、危険だと感じてる場所ってありますか?」
「うーん……そうだなぁ。あそこの橋、通るたびにミシミシ音してて、俺の親友一人、昨日踏み抜いたわ」
「それ……大事故では?」
「いや、運良く下に干し草あったし、骨は一本しか折れてない」
「一本でもアウトですからね!? あの、それ、どこかに報告しました?」
「してねーけど。どうせ誰も修理しねぇし。あとで魔法で応急処置でもしてりゃ大丈夫だろ」
「魔法、便利ですね(投げやり)」
ヒアリング二人目は、魔族のおばちゃん事務員・グレッタさん。
「通路の段差に毎日つまずくのよ。あれ、絶対設計ミスよね。滑車運ぶときほんっとに危ないんだから」
「段差……改善の余地ありですね。高さわかります?」
「グレッタのふくらはぎ半分。あと掃除の子が昨日転んで、歯が三本いったわよ。笑ってたけど」
「それ、職場で笑って済ませちゃいけない案件です」
「うふふ、でもうち魔王軍だから~」
「いやもう、“魔王軍だから”って言えば何でも通るのやめましょう?」
三人目は若手の魔族兵。ちょっとチャラい。
「現場の休憩室、マジでやばいっすよ。コーヒーサーバーから黒い泡出るんすよ。しかも飲むと眠くなる」
「え、それ呪いでは……?」
「しかも昨日、部屋ごと火事になりました」
「もうやばいを通り越してホラーなんですけど」
「でもみんな“まあまあ綺麗になって良かったね”って言ってましたよ?」
「発想が前向きすぎる!!」
……とまあ、聞けば聞くほど、現場のやばさが掘り起こされていく。
ただ一つ、俺がショックだったのは。
誰一人、“怒ってない”ということだった。
(この職場、感覚が麻痺しすぎてる……)
魔族という種族特性か、それとも長年の荒廃か。“危ない”“辛い”と感じる能力自体が失われている。
でも、それは逆に言えば――
(俺が“言葉”にしてあげることに意味があるってことだ)
現場に“危険”を認識させる。職場に“改善”という発想を根づかせる。それが今の俺の仕事だ。
12年の社畜生活で培ったもの。無駄じゃなかった。たぶん。
「優くん」
背後から呼びかけたのは、ネムス。いつも通り眠たげだが、少しだけ声に芯があった。
「昨日の報告書、上に提出しておいた。ついでに、倉庫の梁も一本だけ修理通ったってさ」
「……マジですか?」
「あんたの“簡易マニュアル”がわかりやすかったって。あと、表紙の“安全は組織の力だ!”ってタイトル、ちょっとウケた」
「あれ、冗談でつけたのに……」
「そういうの、大事だと思うよ」
ネムスの言葉が、意外と真っ直ぐで、一瞬だけ戸惑った。
が、次の瞬間――
「緊急連絡! 緊急連絡!」
魔力通信が飛び交う。
《第三兵装庫にて、小規模な爆発発生! けが人十数名! 魔力安定器の暴走が原因か!?》
静かだった朝が、一気に騒然となる。
「……えぇ……」
俺のヒアリング資料、まだ提出途中なんだけど?
そしてこの爆発現場、まさに今日の午後、点検予定だった場所。
間の悪さが天元突破してる。
「優くん、これ……タイミング悪すぎない?」
「知りません! 俺のせいじゃない! 俺は逆に止めにいく立場だった!」
でも、きっとこう言われるんだろう。
『お前が現場をかき回したせいだ』
『あいつが点検しだしてから、爆発が増えた』
『呪いだ』
もう予想できる。この後の面倒臭い展開が。
それでも、俺は一歩前に出る。
「……よし、現場、行きましょうか。ネムスさん、消火魔法って使えます?」
「うーん……使えるけど火力の方が強いかも」
「やめてください、それは“点火”って言うんです!」
爆炎の向こうで、煙が立ち上る。
異世界転生から数日目。魔王軍での俺の役職は、どうやら――
“火消し役”に決まりらしい。