第3話「初日ヒアリング、魔族の常識が通じない件」
翌朝。
魔王軍で迎える、初めての“朝礼”に参加してみた。
「でー、本日の死亡者は二名~。ひとりは荷崩れ、もうひとりは爆薬庫で爆死。どっちも書類は後回し~。はい、以上~」
眠たげなネムスの報告が終わった瞬間、場に漂うのは「はいはい、またか」という空気だった。
みんな、軽くうなずいて終わり。誰も動揺しない。いや、おかしいだろ。
(これ、死ぬことが“怪我”くらいの感覚になってるな……)
もはや完全に“労災慣れ”してる。震えるのは俺の神経だけ。
でも、俺は昨日の天井崩落事故を、ちゃんと簡易報告書にまとめた。図解つきの簡易リスクマップと、改善案まで添えた力作だ。深夜にスライムの粘液まみれになりながら頑張った成果だ。
「えーと、すみません。ちょっとだけ、昨日の件で……」
俺が手を上げて進み出ると、周囲の魔族たちの目が一斉に向けられる。
その表情は、おおむねこうだ。
(誰こいつ)(喋った)(この地味人間、空気読めない)(帰れ)
……いいんだ、慣れてる。
「昨日、倉庫西棟で崩落事故がありました。あれ、支柱の腐食が原因です。現場調査の結果、同様の兆候がある梁があと三本ありました」
「へー……それで?」
腕組みして聞いていたのは、幹部その1――ゴルザーク。いかにも現場主義で武闘派っぽい風体だが、喋り方には完全に“年功序列の壁”が染みついてる。
「一時的な通行止めと補強作業を提案します。あと、定期的な構造点検の導入も――」
「定期……てんけい? なんだそりゃ」
「建物や設備を一定の周期でチェックして、劣化や破損を早めに発見する仕組みです。崩れる前に直せば、命が助かります」
「ふん。だがな、新入り。うちは“崩れてから直す”のが流儀だ。修理には予算が必要でな。予算は“実害”が出てからじゃないと下りんのだよ」
(その制度ごと崩壊してるよ!?)
「じゃ、死ななかった場合は?」
「……報告しない」
潔すぎて返す言葉がねぇ。
でも、ここで引いたら全部無駄になる。
「ですが、現場の安全が損なわれ続ければ、生産性も下がります。“死ななきゃOK”は、長期的に見ると組織の損失です」
「……」
「俺は、まだ配属されたばかりの新入りですが、前の職場では、業務効率と安全管理の両立に努めてました。だからこそ――命が、無駄に散っていく現場は、黙って見てられません」
沈黙が落ちた。
魔族たちが、ぽかんとこちらを見ている。多分、“命が大事”って発言が珍しすぎるんだろう。
そのとき――
「おい」
声が飛んできた。
ネムスだった。寝ぐせのついた髪、だるそうな目。相変わらずやる気は皆無……だけど、手には俺が昨晩書いた報告書が握られていた。
「これ。……わかりやすかった。図もあるし。何が悪くて、何が危ないのか、一目でわかる」
「……ありがとうございます」
「なにより、これさ。読んでて“ヤバい”って思えた。俺、魔族だけど。思わず魔力で頭掻いちゃったもん」
「それ、ストレス反応では……?」
「たぶんな。で……ゴルザークさん」
ゴルザークが、面倒くさそうにネムスを見た。
「俺も、崩落した場所、通ってた。下手したら、俺だったかもしんないっす」
「……」
「だから、ちょっとだけ、優くんの話。聞いてもいいんじゃないっすか?」
「…………」
ゴルザークは、ため息をついた。
「……一週間だ。一週間だけ、任せてやる。好きに点検して、改善してみろ。だが何も成果が出なかったら――その報告書、燃やす」
理不尽! でもチャンス!!
「わかりました。やらせてください」
俺は深々と頭を下げた。
異世界に来てから初めて、“意見が通った”瞬間だった。
……ただし、この後。俺はまだ知らない。
“点検を始めた直後に、爆破事件”が起きて、魔王軍の全セクションから敵視されることを。
――それは、次の話で。