第1話「転生先は、書類まみれの地獄でした」
目を開けた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは、赤い空と黒煙、そして画面いっぱいに広がる――見覚えのないUIだった。
《ご愁傷様です。あなたは異世界転移プロジェクトに選ばれました》
……え?
え、なにこれ? 待って、俺、今朝は普通に出勤してたよな? 缶コーヒー片手に満員電車に押し込まれて、吊り革につかまって……。
そうだ。目の前に、落ちてきたのは……確か、鉄骨?
《転移条件:過労+不運な物理的衝突による死亡》
やっぱ死んでんじゃねえか!!!
《スキル確認中……スキル未検出。ステータスを表示します》
───
【氏名】高槻 優
【種族】人間(一般)
【職業】無職(仮)
【経験】社畜歴12年(総合商社・中堅ブラック企業)
【特性】空気を読みがち/責任を背負いがち/文句は言わない
【保有スキル】なし
【転職適性診断】物流管理/クレーム処理/中間管理職
───
「なんだこの悲しい履歴書……!」
全力で突っ込みたい。けど、突っ込む相手もいない。そもそもここ、どこだ。足元には瓦礫と謎の粘液、空は赤いし、遠くの地平線ではドラゴンみたいなのが爆散している。
《配属先が決定しました》
唐突にまた画面が切り替わる。
《あなたは『魔王軍・兵站整理部門』に仮配属されました》
魔王軍!? いやいや待て、ファンタジー作品なら普通は「勇者として召喚されました」とかじゃないの? なんでよりによって、兵站整理部門!?
混乱の渦中に、背後からドスの効いた声が飛んできた。
「おい、そこの新入り! いつまで突っ立ってるんだ!」
振り返ると、角が二本に肌は灰色、体格はブルドーザー。いかにも“魔族の中間管理職”みたいなゴツいオッサンが立っていた。全身、血と油にまみれている。
「ゴルザーク中隊長だ。お前、今日から雑用な。まずは倉庫の整理と死体の片づけからだ」
「……いや、配属通知より雑なんですけど?」
「うるせえ。ここは魔王軍だ。お前が何者だろうと、働けりゃそれでいい。異論は、勇者の首でも取ってから言え」
理不尽すぎる人事方針だった。
俺は混乱しながらも、内心でツッコミを止められなかった。けど――どこかで、懐かしい匂いも感じていた。
(これ……なんか、前の職場と似てるな)
雑な指示、上下関係で押しつけ、事故が起きても「まぁしゃーない」で済ます体質。そして何より、「今までこうやってきた」がすべてを正当化する。
そうだ。この感覚。俺が12年間、生きてきた場所だ。
「よし、次! この鉄板を持って第四倉庫まで運べ。途中で落としたら殺す」
殺すな。ていうかこれ、明らかに人間サイズじゃ無理な重量なんですけど。
「えーと……フォークリフトとかは……?」
「フォークリフト? なんだそれ。魔法で浮かせろ」
「魔法、使えないです」
「……仕方ねえ。おい、ネムス!」
呼ばれて現れたのは、薄緑の肌をした眠たげな男。制服のボタンは外れ、書類は丸めて剣鞘に突っ込んでいる。
「今日の死体、報告書は?」
「ん~……そのへんのカラスが持ってったっす。あとで思い出したら書きますわ~」
「……人間の方が、まだマシだな」
そうゴルザークが呟いた時、俺の背中に確信めいた寒気が走った。
この組織、間違いなく――詰んでる。
だが同時に、俺の中で何かが目を覚ました。
危機感? 責任感? いや、それもあるが――
多分、習性だ。
長年の社畜生活で染みついた、「とりあえず現場を回してから文句言え」精神。
(よし……まずは、ヒアリングだ)
転生初日、俺は魔王軍の片隅で、心の中で静かに決意した。
これはきっと、俺にとって――
第二の、地獄だ。