3話 - ハンバーグ
『』→「」 変更
泣き疲れてしまったのか何もする気が起こらない。何もしないで寝ている事は滅多にしたことが無い。
両親が交通事故に合い亡くなって、生活全てを自分で補わないといけない状況になってから色々と自分の事は自分でどうにかしてきた。
元々料理は好きだったのもあり、それに苦は感じなかった。料理担当は私だったし……。
でも、聖女でもなんでもない私がどうして巻き込まれないといけないんだろう…。聖女だと言われた彼女とも一切接点がない。
私は、どうしてこの世界に召喚されたんだろう……まさか、他に理由が
なんてそんな考えが脳裏を過ぎった瞬間、急に部屋の外が騒がしくなり始める。
一人は聞き覚えのある男性の声。もう一人が聞き覚えのない男性の声だ。少し野太く部屋の中まで入ってくる声は何処か怒りが込められているようにも聞こえる。
倒していた身体をベットから起き上がらせ伏せていた視線を扉の方に向けた。
「───だッ!容──し───ぇ!」
「だか──ま─入───って!」
「─────ぁああ!ウルッせぇ!!おいテメェ!!」
「………あぁ…」
怒鳴りながら入室の確認もしないまま扉を勢いよく開けてきたのはガタイのいい男性。その後ろにはリードさんの姿があった。
でも一目見て、リードさん達がが言っていた、王宮一の料理人の事だとすぐに理解した。
普通なら強面のガタイのいい男性から怒鳴られ距離を狭まれたら驚きと恐怖で慄くだろう。
だが、私は特に気をとめなかった。怖くないと言ったら嘘になる。でも今まで経験してきた事に比べればへでもない。
「す!すみません急に!」
「おい!テメェかぁ!俺の料理が不味いっつったァ奴は!!」
胸ぐらを掴みそうな勢いに、ただでさえ変なことに巻き込まれて居ることにイライラしているのに、更に不味い料理を食べさせられて怒鳴られて。人が落ち着いている時にこの態度……
イライラが限界に達した私は、ゆっくりとベットから降りて目の前の男の前に立ち人差し指をトンッ、と胸元に当て、溜まっていた苛立ちと本音をぶちまけた。
「ッ誰があんなクッソ不味い食べ物を食べられると思ってんの!?牛乳を染み込ませた腐った雑巾みたいな味付けのスープを喰えるわけないわ!!あれでよく料理人名乗れているのか不思議なくらいだわ!!料理舐めんな!!!」
一息で言い切りハァハァと息切れが起きる。
鬱憤を発散し気持ちが少し軽くなったのを感じた。スッキリした所でハッと我に返りブリキの玩具のように突っかかった男の方を向いた。
さっきよりも顔を歪ませる男性の姿に、額に汗が流れたのが鮮明に分かった。
あっ、私これ、やっちゃった…?
「そこまで言うなら作って貰おうじゃねぇか……テメェが言う料理をなぁあ!!」
「こッ!こうなりゃやってやる!私が美味い料理を作ってやる!!」
そうだ……。元の世界に戻っても、私の求める日常は確実に戻ってくるとは限らない。それなら、今、私がどう平凡に過ごして行けるかを考えればいい。
第一に考えるのは食だ。
生きていく為に必要な栄養素。そして何よりその日を幸福度が食事で決まる……
私が料理の力で世界を変えてやる……!!!
─ ─ ─
「あ、あの……すみません…私、貴方様の護衛騎士となりましたのでご挨拶をと」
「そんなことはどうでもいいです。あなたも手伝ってくださいよリードさん」
「! は、はい!」
ここが王宮の厨房か……
流石と言うべきなのか、かなり整理整頓されていてどこに何があるのかがわかりやすい。
問題は私はこの世界の食材に見分けがつくかどうかの問題……。あの時飲んだスープですら鶏の風味も味を無いんじゃないかと思う程しなかった。
「リードさん。魚の骨や鶏の骨とかってどうしてます?」
「骨、ですか?その都度燃やして捨ててますけど」
「捨てる!!?」
リードさんの話を聞き落胆した。
スープの素とも言える貴重な財産を捨てるだなんて正気かこの王宮。だからさっきのスープも味そのものが死んでいたんだな、なんて理解出来た。
頭を抱えていたらリードさんに謝られ、私は大きなため息を吐いた。
とりあえず切り替えて何を作るかを決めていこう。
並べられた食材を一つ一つ見ていくも、色が異なっていたり、形すらも怪しい物ばかりで簡単に手を出すことが出来なかった。
目の前に並べられた食材を一通り見て傍に居るリードさんに食材の正式名称と効果等の説明を聞いていく。
「───で以上です。調味料はあちらに」
「聞いてもほぼ分かんない……」
私が唯一理解出来たのはリオと呼ばれる玉ねぎらしき物だけ。スープに入っていたのもこれだという。
鑑定とか出来れば良かったんだけど……
リオを手に取り「鑑定」と小さく呟いた。するとブォンッと音と共に小さなモニターらしきものがリオの隣に浮かんでいた。
【リオ : 通称玉ねぎ。日本の物より甘く料理に適している。一食一玉以上摂取すると致死量の為十分に取扱注意。なお、液状の物に最適である。】
リオ、玉ねぎの説明らしきものが浮かび上がり目を疑った。
出来ないか。と思っていた鑑定が出来た。それに私が居た世界の言葉で分かるように書き換えられている。これなら、今までと変わらない味を再現する事が出来る。
私は、すぐさま玉ねぎ同様他の食材も同じように鑑定を行った。 鑑定しているうちに色々と全体的な事が分かって来た。まず、調味料は品が少ないが砂糖・塩・醤油・胡椒・はちみつ・油があれば十分事足りる。
野菜はどうにかなりそうだが、肝心のお肉が見当たらない。
「リードさん。お肉ってどこにあります?」
「肉なら貯蔵庫にありますよ。こっちです」
「ありがとうございますっ」
リードさんに案内してもらい、お肉が保存されている場所へと向かう。
見た目からして、大きく頑丈な貯蔵庫に少しの期待と共に扉をあけると、目に入って来たのは大きな鳥の頭だった…。
ヒュと咽喉が鳴り現れた鳥の頭に一歩下がる。そのせいで背中にトンッ何かに当たり振り返るとリードさんの姿にぶわっ、と熱が上がったのを感じた。
初めて出会た時は視界も朧気で、二度目は精神的に少し来ていた事もあってうまくリードさんを意識していなかったけど、日本の男性に比べてのかなりの美形だ。
この世界の男性の顔面偏差値はかなり高い。ここで生きて行く為には慣れないと……。
「え、えっと!牛の肉とかありませんか!赤身多めの!」
「それでしたらヴァーロの肉がおすすめですよ」
そう言いながら鳥の頭をかき分けて腕を貯蔵庫の中に侵入させる。ベチッと顔に鳥の頭を付けながら漁るその姿には頬が引きつった。
よく平気で頭を頬に付けながら平然を保てるな……
「あっ」と声を上げ貯蔵庫の中からずるりと肉の破片を掴み取り出した。一瞬身構えたが既に加工されてるお肉で安堵の息を吐いた。
リードさんが掴んでいるお肉に手を当てて「鑑定」と唱える。
【ヴァーロ: 通称牛肉 状態:残一日 ヴァーロの全身はハバキで出来ている。舌には毒を持っており摘出して毒として扱われる。筋が多い事から煮込み料理に最適。】
ハバキとは牛から数kgしか取れない希少部位で、優しい香りとなめらかな舌触りが堪らないのだ。
焼く時は十分に注意して焼かないとすぐに固くなってしまうのが難だ。
思い出すだけで涎が出そうになる。それほどまでに貴重な部位がこのお肉全体だとは…宝の宝庫じゃないか……!!
「よし!私が作るのはハンバーグで決まり!!」
「ハンバー…グ?」
食材は十分に足りている。ソースは個人的に和風が理想なのだが残念ながらここにはみりんがない。
だからここはケチャップで代用する。ソース自体もないからデミグラスソースは作れない。
塩コショウでも美味しいのだけれど、どうせなら完璧を目指したい。
台所に戻り、ハンバーグの材料を手に取りシンクに並べる。
手順は簡単。まずはヴァーロのお肉を叩きひき肉に変える、これは手がかかるのでリードさんにお任せして、トゥーゴ、通称トマトをざく切りにし置いておく。
次に鍋に砂糖、はちみつを入れ、中火にかけて混ぜる。うすい茶色になったら火からおろし、赤ワインを加え軽く混ぜる。
その後に、先程ざく切りにしたトマトを入れ中火で崩れるまで煮込みある程度したら粗熱を取る。
「あ、リードさん。これを固形が無くなるまで粉々に砕けるものってありますか?」
「ん――、龍粉機ならありますよ」
「りゅうふんき?」
「簡単にいうと粉状に変える魔道具です。あと、これもうそろそろ良さそうですか?」
「あっ、はい。ありがとうございます。」
「それで、これは何ですか?少し甘い匂いがする…」
「ああ、はちみつを入れてるので。」
「へぇ〜………………あ!龍粉機でしたよね。俺がするので見ててもらえれば。」
リードさんに鍋を渡すと、中身を龍粉機移し替え指で触れる。すると、触れた場所から青い一筋の光が機械に向かって流れて行くのが見えた。
光が消え指を話した後、機械の蓋を開くと、液状になったトマトの姿に変わっていて目を疑った。
別の世界に聖女という単語。魔法らしいものはあるんだろうかと思っていたけど、まさか本当に実在していたなんて…。
小、中学生までは憧れていた魔法を、実際に目の前にできるなんて……
「これで大丈ですか?やりすぎとか…」
「…………い、いえっ、ありがとうございます!」
初の魔法に見惚れていた私を呼び戻したリードさんの声に我に返る。
再度鍋にトマトを移し入れ、塩を入れて中火で更に煮込む。とろっととろみが出てきたらケチャップの完成!
ハンバーグのタレはこれでいいとして、後はタネの作成に行くとしますか!
まず、ミンチにしてもらったヴァーロのお肉を入れ物に入れ、塩、胡椒、砂糖を少し加える。そしてパン粉の代わりにここのパンを用意する。
この国のパンって凍らしたのか、って疑いたくなるような固さなんだよね……。パンはあるのにパン粉が無いってどうなってるんだ……
「リードさん。コレ砕いて貰っても良いですか?少し形が残る程度に」
「分かりました。」
パンを砕いて貰っている間、フライパンに油を入れ熱する。油がサラサラになった所で、程よい大きさにカットしたリオを加え炒める。
甘さが必要ない分、強火できつね色になるまで炒め火を止める。
本来ならここで少し冷ましたいが、時間も無い為粗熱を濡れたタオルで取る。
良い感じに熱が取れたらヴァーロのお肉に炒めたリオと、牛乳、ニンニクはないみたいだから今回は入れない
「出来ましたっ」
「ありがとうございます!」
砕いて貰ったパン粉もタネに加える。そしてタネをこねる前に、氷水に両手を突っ込み手の体温を下げる。
急に氷水に手を入れたからなのか、隣から驚く声が聞こえたかと思いきや入れていた手を掴まれ氷水から出される
「な!何やってるんですか!」
「な、何って、体温を冷ましてるんです。通常なら手の温度でお肉の油が溶けるので、仕上がりが良くなるんです。」
理由を聞いて納得したのか、掴んでいた手を離す。再び氷水に手を入れ少しした後一気にタネを混ぜる。
この時揉み込むのが重要だよ。上手く混ざらないと味の違いが出来て美味しさが半減するから
ある程度混ぜ、タネが出来上がったら手に取って成形していく。
右手、左手と交互に投げるようにして空気を抜く。十回から二十回ぐらいがベスト。
そして中心にくぼみを作れば後は焼くだけ!
フライパンに油をひき、熱した後先程作ったタネを並べ中火で焼き色を付ける。少し焦げ目がついたら裏返し同じように焼き色を付ける。
両面に焼き色が良い感じに着いたら、中火から弱火に変えて水を投入。蓋をして七分~九分程蒸し焼きにする。
「ん〜、良い音〜」
バチバチと水分が飛ぶ音に耳を傾けていると、不思議そうにフライパンを覗くリードさんが目に入った。
この世界にハンバーグという概念がないのか、何を作っているんだろう…。と考えているのが目に見えるようだった。
そういえば、低学年の子と一緒にハンバーグを作った時も同じような反応されたな〜。
そうこうしていると水分が抜け、代わりに透明な肉汁が出てきた。
蓋を開けるとハンバーグのいい匂いが厨房に広がる。
「中は……。うん。いい感じに焼けてる」
後はフライパンからハンバーグを出し、ハンバーグから出た肉汁に先程作ったトマトソースをいれ、焦げないように混ぜ合わせる。
スプーンで少し取り、手の甲に垂らして舌で舐める。
少し味に違いがあるけど、ソースが存在しないから仕方ない。
皿に盛ったハンバーグに作ったソースをかければ……
「完成!異世界スペシャル!ハンバーグ!」
「おぉーっ」
「でもまずは味見味見っ。はいリードさんも一緒にどうぞ」
「えッ!お、俺も良いんですか?」
「働かざる者食うべからず。手伝ってくれたのでリードさんにも権利はあります」
「っ、じゃ、じゃぁ………いただきます」
「はいっ。じゃあ私も〜」
出来上がったハンバーグに箸を入れ半分に割った。
すると割った中から肉汁があふれ出し、ソースと絡んで良い匂いが広がった。
涎が出そうになるも何とか抑え込み口に運んだ。ジュワっと肉汁が広がり口の中に幸せが広がった。
あぁ……、白米が欲しいッ
考えれば考えるほど想像が広がって行く。この世界にきて初めて幸せを感じた気がした。
無性に白米が欲しくなる。野菜も合うんだろうなぁ。ポテトフライとかミックスベジタブルとかが…、あっ、ほうれん草とかも良いかも!
「あっ、どうですかリードさんっ」
「………」
「リードさん?」
一口食べて黙り込むリードさんを下から覗き込んだ。
すると、なぜかボロボロと両目から涙を流していて、ギョッとした。
この世界の人に味が合わなかったのか、食べられない物があったのかと不安になり勝手にあわあわしていると、皿に乗ったハンバーグを一気に口の中にかき込み皿を置いた。
「こんなに旨いもんがあったのか……。旨すぎるっ……」
「な、泣く程!?」
「絶対納得するしかねぇよこんなの!」
「え、えっと……、リードさん?」
元のキャラが出ていたのか、私がどもった声で話しかけると、我に返ったのかわざとらしい咳払いをして、渡すハンバーグの皿を持ち何事もなかったのように料理長に渡していた。
私達が食べていたのを見ていたからなのか、ゴクリと生唾を嚥下するのが目に見えた。 ハンバーグを箸で割りゆっくりと口へと運ぶ。
一口食べたかと思いきや、リードさんと同じく涙をボロボロと流し始めてなんかデジャヴ過ぎる
「……………………姉御!すみませんでした!!!」
「あ、姉御!?」
「こんな美味い物初めて食べました! 是非姉御よ呼ばせてくださいッ!!!」
「止めて貰えます!!?」
ガバッと頭を下げ、土下座せん勢いの姿勢を制止する。
「でも……」と何故か捨てられた仔犬のような瞳を向けられ口を結ぶ。妥協しないと扱いが面倒くさそうだと思った私は、人差し指を前に出し片手を腰に当てる。
「姉御はやめてください!どうしてもと言うなら今後ここを使わせてくれると約束してくれるだけでいいですので!」
「もちろんです!それじゃあ姉御の事はなんとお呼びしたら!」
料理長に言われ、まだ名乗っていなかった事を思い出す。
本名をそのまま名乗るか、ここだけの話名前にするか……。少し考えた後私は
「私の名前は小鳥遊みらい…。気軽にみらいと呼んでください」
私はここで、本名で生きていく。両親が付けてくれたこの名前で
いつか元の世界に戻れる日まで…。