マリナという王女
「そういえば、丘の下に転がってるやつも治療しなくていいのか?」
俺はヴァリアブルレッドベアーが俺を狙ってくる前に襲われていた男について聞く。
「は?あ奴はもう死んでおるわ」
「へ?」
「何を呆けているのだ。あの巨体の一撃の重さはお前が一番知っているだろう。御者の装備で正面から受けて助かるはずはない」
女騎士の方も淡々と状況を告げてくる。
「リタの言う通りじゃ。大体、あいつは王族を捨てて我が身可愛さに逃げた男じゃぞ?」
「そうは言っても命の危険があっただろ?」
「王族を捨てて逃げた場合、戻っても死刑だ。当然ながらな。むしろ、あいつはここで死んでよかった。逃げ帰れば一族郎党に罪が波及する」
「げっ!まあ、でも考えてみたら普通か?」
いや、日本的にはおかしいが、こんな世界ならしょうがないのか。馬車も俺が壊したってことは御者のあいつが逃げなきゃ、騎士が盾になってのじゃロリは王都まで逃げ帰れたかもしれないんだし。
「なんだ、こっちを見て」
「あいつが逃げなかったらあんたらが身を挺してあいつと戦ってたのか?」
「無論だ。我ら2人では敵わぬまでも時間は稼げる。道中、他に魔物が出なければ殿下は王都に着けたからな」
「あんたはそれでいいのか?」
今の発言は自分が死ぬということを念頭に置いた話だ。
「いいも何も本当なら我らが脅威から殿下を守らねばならんのだ。それができないことの方が悔しい」
そういうとリタは悔しそうにググっとこぶしを握り締めた。まあ当然か。自分たちで勝てない相手に俺みたいな軽装のひょろガキが勝っちまったんだしな。
「そんで、こいつはどうするんだ?…うげっ!?」
結構体がグロいことになってんな、御者とやら。
「魔物の餌にならぬよう埋めていく」
「ふ~ん。裏切者なのに優しいんだな」
「貴様は何も知らんのか?魔物が寄ってくれば旅人たちが被害を被るだろう」
「ああ、そういうこと」
それにしても隣の男は物静かなもんだ。俺はちらりとそっちにも目をやる。
「何か?」
「いや、あんたは俺にぶつくさ言わないんだなって思ってな」
「姫様を助けてくれて感謝している」
「あっそ」
まあリタとか言う生意気な騎士と違って、食って掛かって来ないのはいいな。それから、俺たちは男の死骸を埋めて王都への道を進み始めた。
「それにしても、のじゃロリ…」
「マリナじゃ」
とうとうのじゃロリが訂正してきたので、流石に呼び名を改めるか。仮にも王族相手だしな。
「マリナはどうしてこんな供の少ない旅をしてるんだ。れっきとした王族なんだろ?」
「う…まあ、色々あるのじゃ」
俺から目を逸らしながらマリナが呟く。まさかとは思うが、某時代劇的なやつか?
「ひょっとしてお忍びで色んな地方を回ってるのか?」
「はっ!?い、いや、そんなことないぞよ?」
「言葉遣いが変だぞ」
「…なんでわかったのじゃ?」
「いや、そういうやつが居るって話を聞いたことがあってな」
時代劇だけどな。
「しかし、こう歩くばかりではのう」
これ以上この話題に触れて欲しくないのか、マリナがそんな弱音を吐いた。いや、仮にも王女だし、普段から歩いたりしないのかもな。
「なんだよ。肩車でもしてやろうか?」
「なのじゃそれは?」
「何ってやればわかるぜ。立ち止まってみな」
「こうか?」
マリナが立ち止まったので、俺はしゃがみ込み肩車をしてやる。
「な、ななな!?」
「貴様、殿下に何を!」
「何って肩車だって言ってるだろ。ほら、前向いてみろよ」
「前?おおっ!?なのじゃこれは。これが大人の視界か!」
「ちょ…こら暴れんな!」
興奮してきょろきょろ向きを変えようとするマリナ。しかし、下の俺はたまったものではない。
「おおっ!すまんな、つい興奮してしまったのじゃ」
「後、大人の視界じゃないぞ。俺の身長にお前の上半身分をプラスしてるんだからな」
「つまり、一段上の存在という訳じゃな!」
「ま、まあ、そうだな」
ちびっこは純粋で元気だなぁと思いつつ、しばらくそのまま歩いていく。こうしてると昔、幸子にやってやったことを思い出すぜ。
「殿下、そろそろ降りられるべきかと」
「もうか?」
「ここから先は王都が近くなり商人や旅人もやってきます。流石にそのお姿を見られる訳には…」
「しょうがないのう。降ろせ…そういえばお主何という名じゃ?」
「俺か?俺の名はロウだ」
「ロウか。城に着いても覚えておくぞ」
しまった。つい自称女神に合わせてロウって名乗っちまったぞ。まあ、名乗っちまったもんはしょうがないか。とりあえず、断りを入れておかないとな。
「別に覚えておかなくていいぞ」
「なんでじゃ!」
「覚えておくってことは呼ばれる時は面倒ごとだろ?俺はそういうの苦手なんだよ」
「そう言うな」
「貴様、ロウというのだな。その名前、私も覚えておくぞ」
「お前迄なんだよ…」
「その無礼者の名を忘れては殿下に害が及ぶ!」
「そっちかよ…リタはめんどくせぇなぁ」
「呼び捨てにするな!私は親衛隊所属の騎士だぞ」
「言われても俺にはどれぐらい偉いか分からね~し」
「親衛隊は狭き門だ。貴族の男女から精鋭が選抜されて、初めてなることができる」
「ふ~ん。でも、何で貴族からなんだ?平民も入れた方が絶対強いだろ」
「そんな訳あるか!貴族の方が多くの魔力を持ち剣術も学んでいる」
「いやぁ、そう言われてもπが違うんだよなぁ」
リタが貴族の方が魔力を持ってるっていうのは、それだけこの世界で重視されているからだろう。それはそれとして、剣の腕は元の才能の差があったとしても、努力でもなんとかできる部分だ。それなら人口比が多い方が圧倒的に有利だろ。
「まあまあ、リタもそう怒るな。だがな、ロウよ。貴族でないといけない理由もちゃんとあるのじゃ。行儀作法はもとより、出自も分からんものを王族の側に置くことはできんのじゃ」
「なるほど、それならしょうがないか。でも、やっぱり平民じゃダメって言うのがなぁ。どうせ、騎士団長に一人ぐらいは平民出身の奴がいるんだろ?」
「よく知っておるな。第4騎士団の団長がそうじゃ。顔も良くて腕も立つのじゃが、ちょっとワイルドでのう。それに魔力はやはり少ないのじゃ」
「さっきリタも言ってたけど、貴族じゃないと魔力って低いのか?」
「そういう訳ではないが、貴族は魔力が高いものがほとんどじゃ。必然的に子どもも魔力が高くなる。平民の中にも魔力が高いものも居るには居るが、婚姻相手もそうとは限らのじゃろ?平均的に親の魔力を受け継ぐことが多いから、平民は魔力が少ない傾向なのじゃ」
「へ~、マリナってよく知ってんなぁ。流石は王族だな」
「そうじゃろ?えっへん!」
「殿下…」
リタの奴がマリナをちょっと残念そうな目で見ている。まあ、子どもだし簡単に調子に乗るのは仕方ないよな。