初戦闘
「う…ここはどこだ?」
俺は目を覚ますと辺りを見渡した。しかし、まったく見慣れない風景だ。
「というかビルのひとつもねぇな。なんだ、この田舎は?」
あの白昼夢から目覚めたということは、ゲーセンか最悪病院だと思ったんだが、どうしてこんなところにいるんだ?試しに近くをうろつくものの、高い建物が見える気配はない。
「しょうがない。ちょっと丘に上がるか」
こういう時は見晴らしのいいところに限る。そう思った俺は、森近くの丘を目指し歩いていく。
「しっかし、本当に辺鄙だよな。コンクリの道路もないし、電柱とかも建ってない。おまけにスマホの…あれ?スマホがねぇぞ!どこ行った!!」
移動する前は触ってないし、服の中に手を入れても全く見当たらない。それどころか…。
「俺、いつ着替えたんだ?」
スマホを探して気づいたのは自分の格好だ。なんか訳の分からないブーツにズボン。上はシンプルな上着になぜか腰と胸には革製のアーマーが、腕には小手のようなものが付いている。唯一、おおっ!と思えたのはショルダーホルスターだけだ。アラドヴァルがすっぽり収まっており、本当に俺の銃なんだと感じさせられる。
「いわゆる異世界って感じの格好だな。いや、異世界に行くって自称女神が言ってたか…だからってこんな格好になるなんて聞いてないぜ!」
ぐるっと自分の格好を見回すがしっくりこない。大体、あれは夢じゃなかったのかよ!
「あ~あ、せめて制服のままにしてくれりゃいいのによ。ああいうのって高く売れそうだし」
現代じゃ量産品だが、こういう服は手縫いっぽい世界じゃ高くなりそうなのにな。
「だけど、女神の話が本当だとすると、俺はこれからどうなるんだ?もう地球には帰れないのか?」
突然のことに動揺しながら、頭の中で両親や幸子、浩二のことを考える。いや、方法はあるはずだ。来た以上は帰る方法もあるはず。俺はそう思い直し、ぐっと手に力を込める。そうしていると、遠くから声が聞こえて来た。
「うわぁぁ~~~!」
「なんだ?」
目的の丘に上がったところまで着くと大きな声が聞こえた。一体何なんだよ、全く!
「なんだよ、いちいちうっせえ…な!?」
ガァァァ
「で、でっけぇ熊かよ。本当に異世界なんだな、ここは」
男が視界の先を通り過ぎたかと思うとその後ろから現れたのは、全高4メートルはあろうかというでかい熊だった。熊は視界の先に現れた男を追いかけ、少し丘を下った後、腕を無雑作に振り下ろした。そして、振り返りこちらを見て来た。どうやら今度は俺のところに向かってくるようだ。
「まあ、こんな奴でもこのアラドヴァルにかかっちゃおしまいだよな」
だが、いくら異世界の熊だろうが、俺にはこいつがある。この銃は特別製だ。そう思って俺はゆっくりとホルスターから銃を取り出そうとした。
ガァ
「わっ!?な、早い!うわぁぁぁ」
ザシュ
でかいだけの熊だと思っていたそいつは一気に俺へ近づくと腕を振り抜いて来た。とっさに飛び退いたものの、かすっただけで俺の胸当ては引き裂かれた。
「いっ、いってぇ…。ち、血が出てる。こ、こいつ!」
怒りに身を震わせて立ち上がろうとするが、痛みと出血でふらふらになる。こ、これが戦いってやつかよ…。
「なんだって俺がこんな目に!許さねぇ」
ふらふらになりながらも再び俺はアラドヴァルを構えると、今度は直ぐに奴の胸に狙いをつけて引き金を引く。
「シュートォォォオーーー!」
キラン
一瞬、銃口の先が光り輝くと熊に向かって弾丸が放たれた。
ヒュン
「嘘だ…当たっただろ?」
しかし、胸を貫通したかのように見えた銃弾は効果を発揮しなかったのか、熊は何か起きたのかと周りをきょろきょろしている。
ガァ?
ドシーン
その3秒後、熊は口から血を噴出し倒れた。どうやら心臓を撃ち抜かれたことにも気づけなかったらしい。全てを貫通するって、こんなに鋭いのかよ。こりゃあ、あんまり近くでは撃てないな。相手に反撃する時間を与えちまう。とはいえ、これで危機は去った。
「へんっ!見たか!!この俺の実力を。はぁはぁ…」
だが、奴の攻撃を受けて俺は出血している。どこかで治療をしないとな。
「っていうか、こんな辺鄙なところに治療ができるところがあるのかよ…うぐっ」
しゃべる時に大きく体を動かして、思わず俺は呻いてしまう。本当に戦いってやつは…。
「辺鄙とは失礼な!ここはフォートバン王国の王都にほど近い場所じゃぞ!」
「は?なんだ、このお子様は?」
俺の独り言を悪口だと思ったのか、10歳ぐらいの子どもが俺の前に立ちはだかった。
「お子様とはなんじゃ!お主はわしを知らんのか?」
「知らん」
見た感じ服は上等だが、別に名札があるわけじゃないしな。大体、俺はさっきこの世界に来たばかりだぞ。知る訳ないだろう。
「わしはマリナ=フォートバン。このフォートバン王国の第2王女じゃ!」
「ほう、のじゃロリか。珍しいな」
確か、こういうしゃべりのやつをそういうはずだ。学校で誰かが言っているのを小耳にはさんだことがある。
「は?なんじゃその『のじゃロリ』とは?」
「お前みたいなやつのことだよ。あいてて…それよか治療できるところ知らないか?」
流石に普段からこんな怪我をしない人間にはこの痛みは辛い。
「本当に失礼なやつじゃ。助けてくれたと思って、わざわざわし自ら礼を言いに来たというに」
「礼?」
「ほれ、そこに倒れておるヴァリアブルレッドベアーを倒してくれたじゃろ?」
「あん?こいつか。そういや、結構赤い毛してるよな」
「感心するところがそこか!まあよい、治療をしてやれ」
「はっ!」
偉そうな少女が指示すると、いつの間にか少女の横にいた、騎士風の男女が一人ずつこちらに近寄ってくる。
「なあ、治療って言ったってあんたら何も持ってないんだが?」
「お主はどんな田舎から来たのだ?回復魔法に決まっているだろう」
何を言っているんだと近づいてくる騎士の格好をした女に呆れ顔をされた。そんな顔をされても知らないものは知らないんだよ。
「いや、ポーションとかないのか?」
「ポーションだと!あれはたちまち傷を癒す高級品だぞ!王族とておいそれと持ち歩けんのだ!」
回復魔法もいいけど俺が使えるとは限らないし、今後の事を思えばその効力を知っておきたくて尋ねただけなんだが。まあ、この世界じゃポーションは高級品っていう情報は得られたから、それに関しちゃ悪くない情報だな。いや、これで俺が使えなかったら悪い情報か。
「全く、王女殿下を助けたからといってこのようなものを治療せねばならんとはな」
ぶつくさ言いながらもうるさい女騎士と寡黙な男の騎士は何か呪文を唱える。すると、俺の傷が癒えていった。