王都への帰還
「それで、どうしてリタがこんな怪我を?」
馬車に乗り込むと、直ぐにマリナが俺に聞いて来た。当然だろう、リタの強さも俺のアラドヴァルのことも知っていて、この事態を想定しているはずはない。俺だってそうなんだから。
「完全に俺のせいだ。俺が、アラドヴァルが当たらないことに気を取られて…それで、あの魔物の攻撃からリタが庇ってくれた…」
「な、何じゃと!?本当にお主は何をしておるんじゃ!リ、リタにこんな怪我を…」
怒りながらマリナがポロポロと涙をこぼす。よほど大事に思っているんだな。ひょっとしたら姉のように思っているのかもしれない。そんな風に考えると改めて自分が情けない。
「謝って済むとは思ってない。だけど、ごめん」
「…いや、わしも言い過ぎた。リタも護衛騎士、こうなる可能性もあったんじゃ」
「でもっ!」
「良い。リタもただお前をかばった訳ではあるまい?」
俺と違い、冷静さを取り戻したマリナが戦いの状況を確認する。
「ああ、俺の…アラドヴァルなら倒せると言ってくれた。でも、だからって…」
「ちゃんとお前は倒した。リタもお前を守って敵を倒した。そうじゃな…」
「あ、ああ…」
「済まん。わしがどうかしておった。お主に当たることではなかったのにのう。主として失格じゃな」
「そ、そんなことはない!マリナは立派な王女だ」
現に俺はリタが傷ついてからまともに考えが巡ってない。なのに、マリナはその事実に耐えてこうして指示をしている。俺よりも年下なのに。
「そうか?こんな嫌な女じゃぞ?」
「それなら…それなら、リタがあんなに頑張ることはなかった。気分が悪くなった後も、誰よりも強く、誰よりも気を吐いて、立ち上がったんだ。俺は最初にあの魔物を見た時、正直逃げ出したかった。でも、リタが、こいつが勇気をくれたんだ」
馬車の中で横たわるリタを見つめる。体は上下こそしているものの、その呼吸は普段とは違い弱弱しかった。
「ロウ…」
「絶対、絶対助けるぞ」
「当たり前じゃ!」
リタは外傷こそ治ったものの、まだ意識は戻らない。なんとか持ちこたえてくれと俺とマリナはずっと手を握ったまま王都への道を進んでいった。
ガタン
「なんじゃ!揺れておるぞ」
「申し訳ありません。その先に大岩が…」
森の出口が近づいたところで、大岩が立ちはだかった。左右は木が生えており、このままだと大きく迂回しなければならない。
「岩だと!?こんなもん…行くぜ!」
俺は馬車から飛び降りると、アラドヴァルを構えて弾丸を連射する。
「よしっ!後は風か土の魔法で!」
「はっ!」
道を塞いでいた大岩を土の魔法でさらに破壊すると、風の魔法でどかして馬車はさらに王都への道を駆けていく。
「ここまでくれば十分じゃろう。風の魔法使いとセドリックだけついてこい。悪いが残りのものは置いていくぞ!」
「分かりました。リタ様を必ず!」
「当然じゃ!」
御者役をセドリックが代わり、軽量化のために騎士が降りる。
「お、俺も降りた方がいいか?」
「何を言っておる。お主がいないとリタが起きた時、安心できんじゃろ?」
「そ、そうか?」
マリナにそう言われ、意外に思った。だけど、悪くない。
「全くお前は…急げ、セドリック!」
「かしこまりました」
そして、15分後。馬車はようやく王都へとたどり着いた。
「門を開け~い!」
「マ、マリナ様!?」
「さっさと開けんか、ぶち破るぞ!」
「た、直ちに!」
貴族用の門まで到着するとマリナは強権を発動し、問答無用で門を開け放った。
「横暴だろ?」
「リタのためじゃ。あとでちゃんと謝るわい」
「…そうだな」
今は一刻も早く治療できる場所に行くことが先決だ。
「なんじゃ、こういう時は気が合うのう」
「まあな」
「姫様、どちらへ向かわれますか?」
「当然、王宮じゃ。我が王国選りすぐりの魔法使いを集めよ!」
「ははっ!」
馬車の行き先を聞いた風魔法使いが空から一気に王宮を目指す。
「飛んで入れるもんなのか?」
「そんな訳あるか。門のところまでじゃ。じゃが、今は一刻も惜しい」
「だな」
そして、馬車も魔法使いに遅れながらも、王宮の馬車止めに止まった。
「姫様!緊急と聞いて来ましたぞ!!」
「おおっ!?ベルディハか!弟子は?」
「後ろに」
「分かった。部屋にリタを移せ!」
「はっ!」
騎士たちがリタを運び出し、近くの部屋に寝かせる。そして、ベルディハと呼ばれた爺さんを筆頭に神官風の服を着た何人かも入室した。
「こ、これは、ひどいケガじゃ…」
「そうじゃろ?頼むぞ!」
「お任せを。このベルディハめとその弟子たちの力、お見せいたしましょう!」
ベルディハと呼ばれた爺さんとその後ろにいた術者が呪文を唱えると、リタが光に包まれる。
「おおっ!?これで…」
「ふうっ。治療は終わりました」
「どうじゃ?」
「傷は勿論癒えましたぞ。何なら前より肌がきれいに…」
マリナの顔に笑顔が戻る。爺さんたちを相当信用しているようだ。まあ、王宮お抱えの魔法使いなら当然か。俺もその事実に安心してリタの顔をのぞき込もうとした時だった。
「どうした、ベルディハ?」
「これは…何ということだ!?」
「何か問題があるのか爺さん?」
「姫様、こやつは?」
「最近、わしの護衛騎士になったロウじゃ」
「こやつが。リタの傷は確かに癒えました。しかし、体内に訳の分からぬ澱みのようなものが残っております」
「そ、それは治せんのか?」
「時間を頂ければ…」
「どのぐらいかかる?」
「…」
「わ、分からんのか?」
マリナが不安げに聞き返すも爺さんは直ぐには口を開かなかった。傷が治っているのに訳の分からない状態だなんてそんなことがあるのか?
「わしでもこれは見たことがありませぬ。この場で答えることは…」
「そ、そんな…嘘だろ」
ようやくリタを助けられて話もできると思っていた俺は、絶望の淵に叩き落された気分だった。




