異変
「ん~、よく寝たわい。途中何かあったようじゃがの」
「おう!おはよう」
「うむ。して、なにがあったんじゃ?」
一応お子様…マリナも昨日何かあったことは覚えていたらしい。起きて直ぐに報告を求めて来た。
「トロールっていう魔物が出たんだよ」
「トロール!?なんであいつがこんなところに出たんじゃ?」
「それを調べてもらったが、ちょっと訳ありでな。死体は王都まで運ぶことになった」
「ふむ。報告書が出来たら読むとするか。けが人は?」
「いない。たまたま俺が見つけたからな」
「アラドヴァルを使ったのか?」
「ああ、俺って今はそれしか持ってないからな」
ただ、他の騎士やセドリックの話を聞く限り、持っていなくて幸いだったみたいだがな。俺が剣を振っても付け焼刃だし、迷わずアラドヴァルに手をかける環境は運が良かった。
「それはトロールも災難じゃったな」
「俺もそう思うぜ」
「しかし、こんな岩肌のところに森の番人がな。調査は急がねばならんのう」
「あんまり焦るなよ。こっちだって人数は限られてるし、戦力も有限なんだからな」
「分かっておる。ロウに言われるとはわしもまだまだじゃな」
マリナがぼそっと窓の外を見ながら呟く。
「なんだよそれ」
「お主は戦争に興味がないんじゃろ?これは戦争の領分になるやもしれんからのう」
「マジかよ」
「まあ、トロールの調査結果次第じゃがな」
「はぁ、朝から気が滅入るぜ」
まさか、ここで戦争ってワードが出るなんてな。マリナにはあのトロール心当たりがあるのか?
「なら、そんな気分を吹き飛ばすためにこれでも食え」
「おっ、リタ。食事はできたのか?」
「ああ。殿下もこちらを」
「済まんのう。では…」
ずずっ
報告中に朝飯が出来、リタが持って来てくれた食事を俺たちが仲良く食べていると、ずっとその光景をリタが見ている。
「ん?どうしたんじゃ、お主も食え」
「しかし…」
リタはさっきからちらちらと俺の方を見ている。ひょっとして…。
「リタ、ひょっとして昨日の事を気にしてんのか?あれなら、魔物の襲撃でチャラだ。どうせ起きることになったからな」
「そ、そうか!では行ってくる!!」
「何かしておったのか?」
「いいや、何でもない」
「そうか」
マリナはそれ以上深く突っ込むこともなく朝飯を食べた。危なかった、流石にマリナの前で賭け云々は不味いよな。
「お子様が非行に走るところだったぜ」
「誰がお子様じゃ!」
「わっ、つい心の声が…」
「なんじゃと!お主というやつは素直に評価を上げられぬのか!」
「わざとじゃない。ただの本心だ」
「なお悪いわ!」
その後、朝食を終えた俺たちはぷんすかと怒るマリナを馬車に押し込めて、森へと向かっていった。
「なんか、思ってたより平和だな」
「ああ、森の番人ですら外に出たからと身構えていたが…」
「どうだロウ?」
「ん?ああ、ちょっと待ってくれ」
セドリックが隊長に合図を送り進軍を止めて、俺の動きを待ってくれる。今日の行軍に関しては昨日の襲撃を鑑みて視覚での確認と、俺が知覚での確認を行い何もなければ進むという、慎重を喫したものになっていた。
「集中して…ん、反応はないな」
「そうか」
「本当にこのやり方で行くのか?時間がかかり過ぎないか?」
そうやってしばらく進んだところで、今回の騎士団の隊長に話しかけるリタ。やっぱり、リタもそう思ってるんだな。俺も、ここまでする必要があるかちょっと疑問だ。
「トロールが森の外に出たんだ。中にはそれ以上がいるかもしれん」
どうやら、隊長はトロールがさらに強い魔物に住処を追い出された最悪の可能性を考えているみたいだ。そう言われると、昨日見た足跡の主がいる可能性もあるからしょうがないか。
「うっ、そう言われるとしょうがない。私も同じことが出来ればな…」
「早くそうして欲しいぜ。これ、結構集中力使うからな」
「そうなのか?ただ、目を閉じているように見えるが…」
「んな訳ね~だろ」
よ~し、王都に戻ってリタに教える時は特に厳しくしてやろう。俺はそう心に誓うのだった。
「それにしてもこれだけ何も出ないと不気味だよな」
「そうだな、少し右の脇道を見てくる」
「気をつけろよ」
「分かっている」
結局、魔物は出てこないが警戒は続けているので騎士4人で右の脇道に入り、魔物がいないか確認する。数分後、リタたちが戻ってきた。
「どうだった?」
「あ、あぅ…うっ!」
戻ってきた騎士たちはリタも含め足取りがおぼつかず、リタに至っては嘔吐し始めた。
「リタ!?」
他の戻ってきた騎士たちも皆、気分が悪いのかリタのように嘔吐をし始めた。
「どうした?」
「あ、あっちに…」
「分かった」
他の騎士にも聞こうとしたが、会話が出来そうになかった。俺は無理に聞き出すことは諦めて集中する。
「ふぅ~…」
ピクッ
わずかに反応がある。しかも、こいつは…。
「どうしたんじゃ?」
「マリナ、こっちに来るな!セドリック、騎士数人を連れて戻ってくれ!」
「いいのか?」
「ああ、必ず戻る!」
「分かった。そこの小隊、姫様の護衛だ。ついてこい」
「はっ!」
「お前たちは体調を崩した騎士を介抱しろ」
「了解です」
「リタ、立てるか?」
「あ、す、済まない」
俺が解放しようとリタに触れると、体は震えていた。
「気にするな。奥に何があったんだ?すごい殺気だが…」
俺が気配を探ると、リタたちが向かった奥から異様な気配を感じた。さっきは殺気といったが、憎しみといってもいいかも知れない。
「そ、それも分かるのか?あそこには地獄がある。戦場の地獄が…」
「戦場の地獄?」
リタがこんな表現をするなんて一体向こうには何があるんだ…。
「行かなければ…殿下をお守りするのだ」
「む、無茶するな」
「触るな!」
ビクッ
「私は護衛騎士だ。これしき、何とも…ない!」
ただでさえさっき嘔吐したばかりだというのに、気力を振り絞るようにリタは立ち上がった。足取りはいつもより少し重いものの、何とか動けはするようだ。
「助ける余裕はないかもしれないぞ」
「そんなものは不要だ」
「それだけ言えりゃ十分だな。動けないやつはセドリックたちと一緒に戻ってくれ。護衛にひとり騎士をつけてな」
「し、しかし…」
「これは護衛騎士としての命令だ。そいつらは今のままじゃ戦えないが、少し時間が経てばまた戦えるだろう?」
「りょ、了解であります!」
さっき、戻ってきた騎士たちは軒並み直ぐには戦えそうにない。俺は彼らを一度戦場から引き離すことにした。そして、騎士団の隊長とうなずき合うと、脇道をにらみつけた。




