夜中の来訪者
「さて、俺も仕事するかな。アラドヴァル」
ヒュン
リタから見張りを引き継いだ俺は手元にアラドヴァルを呼び出して警戒する。
「あっ、ちょっとそこの空いてる椅子、借りるぞ」
「はい」
同じく見張りをしている騎士から椅子を借りると、俺は目を閉じて少しだけ頭を下げる。
「気配は特に…ん?」
端にあるテントの奥から変な気配がするな。一応行ってみるか…。
「どちらへ?」
「ああ、ちょっとトイレにな」
「気を付けてください。この辺りは魔物もいますので」
「分かった」
騎士の注意を受けて、アラドヴァルを左手に持ちながら俺は進んでいく。すると、奥の方に人影らしきものが見えた。
「なんだ?人じゃない…!」
人とは違う大きな何かを見た俺はすぐに構えて一発放つ。
バァン
「な、なんだ!」
「あっちだ」
「護衛騎士様!何が…」
「明かりはあるか?」
「こちらに」
見張り中の騎士に明かりを貸してもらい、撃ったところを照らしてもらう。そこにいたのは…。
「と、トロール…」
「あんな魔物をまさか一撃で…」
「流石は殿下の選ばれた騎士だ」
おいおい、俺の株急上昇かよ。気配がしたところに弾を撃ち込んだだけなんだけどな。とりあえず、リタかセドリックのどっちかに報告をしておくか。
「誰かこのことをセドリックに知らせてきてくれ。それとこいつのことが分かるやつはいるか?」
俺が指示を出すと、騎士の一人が報告に行ってくれ、もう一人が説明ができると手を挙げてくれた。
「こいつは森の番人と言われるトロールです。大柄な体格とすさまじい再生能力で立ち向かってくる手ごわい魔物なんです」
確かにトロールと呼ばれた魔物は体高2mあるかないかで高さは人と同じぐらいだが、腕や足はがっちりとしているし、お腹に至ってはでっぷりと出ている。何食ったらこんなに腹が出るんだろうな。それにしても、これだけ腕が太いと力もあるんだろうか?
「ふ~ん。力もあるのか?」
「はい。常人の何倍もの力を持っています。オーガでもこいつとは戦いを避けるほどです」
オーガか、基礎知識で教えてもらったが、王都周辺にも数は少ないがいる魔物らしい。皮膚が硬く力強い魔物で非常に好戦的って話だったな。それが逃げ出すってことはかなりの魔物だろう。
「どうしたロウ?」
「セドリック、こいつを見てくれ。どう思う?」
「これはトロールだな。ここにいたのか?」
「ああ、変な気配を感じたから来てみたんだ。人じゃなさそうだから思わず撃っちまったが」
「正しい判断だ。こいつに近づかれたら命はない。高い再生能力を生かして突撃してくるからな」
「そりゃあよかった。んで、この辺に住む魔物なのか?」
「いや、こいつは森の番人。森の奥深くにいて、たまに浅いところに出てくるだけのはずだ」
「なんかキナ臭そうだな」
俺たちが野営しているのは山肌。木もほとんどなく、そもそもその下は草原だ。森までは距離があるのにどうしてトロールが出てきたんだ?
「ああ。片づけは他の騎士に任せて我々は戻ろう。姫様が心配だ」
「そうだな」
その後は夜襲ということもあり、一度全ての騎士を起こし、安全を確認する。
「すまない。すっかり寝入ってしまった」
「いや、俺も無理させないようにセドリックしか起こさなかったしな」
騎士を起こすということは当然、リタも起きてくる。ただ、事が起きた時にすぐに駆け付けなかったことで少しバツが悪いと思ってるみたいだ。
「なぁ、私も副隊長だ。今後は遠慮なく起こしてくれ」
「…そうだな。悪かった」
「いや、気遣いを無駄にして済まない」
「いいさ、それでリタが納得できるんならな」
俺もいつの間にかリタは女性だからという意識があったようだ。同じマリナを守る護衛騎士なんだから、今後は遠慮はしないように気を付けないとな。
「ありがとう。それで魔物は?」
「もう倒したが、トロールってやつらしい」
「トロール!?あいつがか…」
「やっぱ有名なやつなのか?」
「ああ。騎士の剣もあいつには効かない。正確には斬ってもすぐに再生されてしまうんだ。魔法使いも殲滅力のあるやつでなければ太刀打ちできん。よく倒せたな」
「まあな。再生っていっても心臓とか脳は無理なんだろ?」
「一応はな。しかし、肉は油も多く、中心に近いところは筋肉質だ。剣では到底そこまで刺せない」
トロールのあの腹は手前が脂肪で、ある程度進むと筋肉らしい。見た目以上に騎士には厄介な魔物だったのか。
「そりゃあ、トロールには災難だったな。俺の武器はそういうのとは無縁だからな」
「ふっ、そうだな。改めて礼を言う。殿下の護衛騎士になってくれてありがとう」
「よせよ。俺にも理由があってやってる訳だしな」
「それでも一言言っておきたかった」
「そうか、まあ感謝を言われるのは悪くないな」
リタは本当にマリナを大切に思っているから、そのことで褒められると照れくさい。そして、みんなに報告をしていると、やはり騒ぎに気が付いたのかマリナも起きて来た。
「ん~、何かあったのか?」
「はい。ですが、問題は片付きました。また朝にご報告致します」
「そうか。頼むぞ~」
そういうとマリナは再び寝てしまった。まあ、お子様はこうしてるのが一番だな。マリナが馬車の中に戻ると、入れ替わりにセドリックが戻ってきた。
「調べ終わった」
「どうだった、セドリック?」
「周囲に異常な点はない。だが…」
「だが?」
「トロールにおかしな傷があった」
「傷?俺のアラドヴァルの傷じゃなく?」
「ああ。トロールの再生力なら傷は消えるはずだが、残ったままだった。それだけの攻撃を直前に受けたか、何か特殊な攻撃なのか…」
「あの後、調べても周囲に魔物はいなかったんだろ?なら…」
「ああ、陛下に伝えなければならない」
「弱ったぜ。こうも問題続きじゃな」
「しかし、昨日といい今日といい、ロウは良く気づいたな。やっぱり何かコツがあるんだろう?」
どちらの魔物の襲撃も俺が最初に気づいたことに関して、リタが質問を投げかけてくる。
「う~ん、それが俺も不思議ではあるんだよな。これまでは気配なんて探れなかったんだ。。だけど、それっぽい事をやってると今は気づけてるんだよ」
「理由が分からんのか、いい加減だな」
リタは俺の返答に不満げだ。でも、俺も別に悪い気はしない。今までのやり取りからマリナを守るための手段になると期待していただけだろうからな。俺としても、今までのことが何か分かればありがたいんだが…。
「だが、実際に役立っている。これからも頼む」
「ああ、任せてくれ!」
こうして、危険な夜は過ぎていき朝を迎えた。




