貴族の晩餐
「こういうところ本当に面倒だよな」
ベイルン伯爵から出迎えの準備が終わったということで、ようやく邸に入る俺たち。客間ぐらい普段から掃除してるだろうから、後のことは部屋に入ってからでいいと思うんだけどな。
「そういうな。寝起きの格好で出迎えられても困るじゃろ?そういう時は処罰せんといかんしのう」
「そりゃ嫌だな」
そして馬車が止まり、扉が開いた。
「ようこそいらっしゃいました、マリナ様…?」
「お久しぶりです、ベイルン伯爵」
「マリナ様、こちらの男性は?」
ベイルン伯爵は何故か俺とマリナを見比べている。新しい護衛騎士を一人雇うのがそんなに珍しいのか?
「紹介します。私の新しい護衛でロウと言います」
「ロウです。以後、お見知りおきを」
俺は緊張しながらもこの数日で学んだ挨拶を披露する。幸いベイルン伯爵は別の事に気を取られていたのか、咎められるようなことはなかった。
「あ、ああ。よろしく」
あっけにとられる伯爵だったが、気を取り直してマリナをエスコートする。ここは流石に俺が出る幕ではないのでマリナが降りてから馬車を降りた。
「いやぁ~、先程は驚きました。まさかマリナ様が婚約者を連れてこられたのかと…」
「伯爵は中々冗談がうまいのう」
今はベイルン伯爵に招かれて晩餐の途中だ。俺はというと、マリナの後ろで護衛をしている。くぅ~、目の前の料理に手を付けたいぜ。
「おい、よだれ」
「はっ!」
リタに注意され慌てて口元を押さえる。危ない危ない。
(何やっとるのじゃ、ロウは)
「それで、依頼した件なのですが…」
料理も一通り食べ終わったところで、ベイルン伯爵が今回の本題となる魔物の件について切り出した。
「領内に強い魔物が出るということじゃったな」
「はい。逃げ帰ったものの話によるとベアー種の魔物のようでして」
「ほう?興味深いな」
「この辺りに出る魔物は草原の魔物がほとんどですので、森林地帯の魔物の目撃は少なく、騎士団も上手く捕捉できないのです」
ベイルン伯爵は涙ながらに…と言う訳ではないが、どうしようもないと状況をマリナに説明する。
「それで、王都に援軍を頼んだのじゃな?」
「おっしゃる通りでございます。国王陛下にはご迷惑をかけて申し訳ないと伝えて下さい」
「よい。諸侯が負えぬものは王家が解決しよう。それで、目撃地点はどこなのじゃ?」
「目撃情報を集めましたところ、草原より王都側のところで多いようです。残念ながら今なお、我が領にとどまっているかも定かでなく…」
そう言いながら、ベイルン伯爵の側にいた男が地図を広げた。地図には赤い点が記されており、どうやらそれが目撃地点らしい。
「なるほどのぅ。確かにこれだけ範囲が広くては一伯爵には余るのう。他領に逃げ込まれれば簡単には手が出せぬしの」
「はい。そこで陛下の騎士団であれば、領地の垣根無く追っていけると思い書状を出させて頂きました」
「分かった。早速、明日より調査に向かう。じゃが、情報の整理もしたい。我が騎士団からも2名ほど人員を出すからその手配も頼む。残った騎士全員で捜索に向かおう」
「マリナ殿下はどうされますか?なんでしたら、領都をご案内致しますが…」
「うん?わしも同行するぞ。なに心配ない。陛下の騎士団がついておるのだ。それに新しい護衛もおるしの」
そう言ってマリナは俺に目配せする。しょうがないので俺もうなずいてベイルン伯爵に『新しい護衛は強い』アピールをかます。
「ふむ。あれだけリタやセドリックに信頼を置かれていた貴方が新たに傍に置いたその男、実力が気になりますな」
「ふふふ、そうじゃろう。じゃが、そうそう人に見せるものではないのでな」
魔物の話をしていると思ったら、いつの間にか俺を巡る会話になっていた。これが貴族の会話と言う訳か?面倒くせぇな。
「残念ですな。見る限り、我が騎士団の団員にも劣って見えるその男がどれほどのものか気になったのですが」
「ふっ、そんな挑発は無駄じゃぞ。その男、強いが手加減というものが苦手でのぅ。わしもお主も戦力は貴重じゃろ?」
「ははは、そう言われると返す言葉がありませんな!」
マリナの返答に笑顔で答えるベイルン伯爵。だが、とても目まで笑っているようには見えなかった。
「はぁ~、疲れた~」
「なのじゃ、ちょっと夕食の間に護衛しただけじゃろ?」
「いや、あんな会話に巻き込まれるなんて聞いてないぞ」
「そうか。じゃが、伯爵は中立派じゃから優しいものじゃぞ?」
「中立派?」
「うむ。王族派はわしら王族に全幅の信頼を置いておる貴族。貴族派は自治権を常に求めておる派閥。中立派はそれ以外じゃ」
「中立派適当過ぎないか?」
もっと、色々な思想があるのにひとまとめにされてかわいそうだな。
「しょうがないじゃろう。そう説明せんと、とっても細かくなるのじゃ。説明を聞くか?」
「いや、いい。どうせ直接は関係ないことだしな」
「なんじゃ、つまらんのう。じゃが、相手が何派に属しているかは行く前に調べるのじゃぞ?ロウに来る質問も変わってくるからのう」
「例えば?」
「王族派ならば忠誠を試すために色仕掛けでもするじゃろうなぁ」
「貴族派は?」
「貴族派なら色仕掛けでもして内部情報を入手しようと思うじゃろうなぁ」
「一緒じゃねぇか!」
なんで色仕掛け一択なんだよ。どうなってるんだこの世界は?
「一緒ではないぞ。王族派は後で冗談だと済ませるために婉曲的な手を使うじゃろう。対して貴族派なら送り込んだものは処分するだけで済むから直接的に来るじゃろうな」
「処分って…」
「バレた時に一番被害が少なくなるからのう」
「えげつないな」
本当、こういうとこはまだまだ割り切れないぜ。




