伯爵領に向けて
「はぁ~、なんとか合格したぞ」
礼儀作法や常識の講師から合格をもらった俺は報告を兼ねて、マリナの部屋にやってきた。今日はリタやセドリックも室内で警護をしているようだ。
「ご苦労じゃったな。それでは明日に出発じゃ!」
「へ?そんなにすぐに出発するのか?」
確かにできるだけ早くマナーを身に付けて欲しいとは言われていたが、1週間も経ってないのに…。
「当然じゃ、本来なら今日にでも出ておったからのう。伯爵からの頼み事じゃしな」
「そうか。なら、俺も準備しないとな」
「そうじゃ!ネリアに言ってお前用の鎧を届けさせておるからちゃんと着てみるんじゃぞ?」
「おおっ!?本当か?今すぐ着てくる!」
「あっ、ちょっと待っ…いってしもうた。そんなにうれしいのかのう?」
「騎士にとって鎧は身を守るものでもあり、誇りですから」
「リタよ、あ奴はそんなこと考えんじゃろ」
「言われてみればそうですね。では、何でしょうか?」
「鎧とはカッコ良いものだ」
「ん?セドリックもそう思うのか?」
「ああ」
「う~む、これは男にしかわからんものなのかのう」
「しかし、単純なやつですね。悪いやつではないですが」
「そうじゃな。立派に護衛としては働いてくれるじゃろう」
マリナたちがそう話している間に俺は部屋に戻り、ネリアから鎧を受け取った。
「よし!これで俺も立派な騎士だな」
「おめでとうございます、ロウ様」
「ネリアも手伝ってくれてありがとな!」こうして新しい鎧に身を包んだ俺はすぐにマリナの元に戻った。
「どうだ!この、薄い青に包まれた胸当てに腰のガード。それに動きやすいブーツと小手だぞ」
「はいはい。分かったから落ち着け。大体、これはわしが選んだのじゃぞ?知っとるわ」
「ん?鍛冶屋が作ったんじゃないのか?」
「当たり前じゃ!そのデザインはわしが選んだんじゃ」
「え?そうなのか。ひょっとしてリタたちのも?」
「うん?いや、我々のものは既製品だ。そもそもお前と違って武器も普通の剣だからな」
うむとセドリックもうなずいている。
「えっ?これって特注なのか?高かったんじゃ…」
「まあ、材料に関しては何も言うまい。それにどんなに高くてもわしを守れれば安いもんじゃ。期待しておるからな!」
元気よく伸ばしたマリナの手が俺の肩を叩く。
「…おう!任せとけ」
そんなことを言われたんじゃ、気合も入るってもんだ。明日からの護衛も頑張ってやってやるか!
「と思っていたのが昨日の話…」
「何を言っておるんじゃ、お主は?」
「ロウ、お前本当に無理なのか?」
「逆にリタたちはなんで乗れるんだよ」
「必修科目だ」
「そうなのか、俺のところじゃそもそも科目にもなかったな」
今は騎士団を連れていよいよ伯爵領へと出発するところだ。しかし、ここで一つ問題が起きた。この騎士たち、全員馬に乗って移動すると言い出したのだ。
「この前は馬車の護衛は歩きだって言ってただろ?」
「バカもん!それは商人の話じゃ。貴族の場合は大体、馬に乗った騎士が護衛につくわ」
「初耳だぞ」
「お主が馬に乗れないことの方が初耳じゃ!」
「いや、乗る機会なんてないだろ?」
「わしでも乗れるんじゃが…」
「えっ!?嘘だろ?」
「嘘ではない。この依頼から帰ってきたら見せてやるわ」
「お、おう」
やたら自信ありげに言うマリナ。まあ、このお子様が乗れるって言っても、どうせパカパカと軽く走る程度だろうが。
「しかし、殿下。どうなさいますか?ロウを連れていくのも陛下から言われていることですし」
これまで幾度となく襲撃を受けてきたマリナに対して、凄腕の騎士が新たに護衛についた。今回の伯爵の依頼はそれを見せる舞台でもある。なので、俺の同行は陛下からも絶対だと言われていた。それが、馬に乗れないときたら…。
「こうなったらしょうがないのう。ロウ!」
「ん?」
「お主も馬車に乗れ」
「いいのか?」
今日用意されている馬車は王族専用の馬車のはずだが。
「良いも何も、このままじゃとお主だけ歩きじゃぞ?ついてこれるのか?」
「絶対無理だ」
「ほれ見ろ。さっさと乗り込め。全く、面倒ごとを起こすやつじゃ」
「説明してくれたら乗る練習したって」
「それで乗れればいいんじゃがの」
「それは約束できない」
「正直なのは良いことなのかのう…ほれ、こっちじゃ」
「おう!」
リタとセドリック以外は俺とマリナのやり取りをポカーンとしながら見ている。そんなに変か?馬車が出発したのでマリナに聞いてみた。
「なぁ、さっき騎士たちが俺たちを変な目で見ていたんだが、なんだありゃ?」
「そりゃそうじゃろ。ぽっと出のわしの新しい護衛騎士がいきなり生意気な口を聞いとるんじゃぞ。みんな驚くに決まっておろう」
俺が尋ねると逆にお前が変だとマリナに言われてしまった。う~ん、そんな気はないんだが。
「その割には何も言ってこなかったけどな」
「陛下の手前、直接何か言うことはないじゃろ。裏では知らんがな」
「知らんがなって…」
「そう思うならもう少し大人しくするんじゃな。かっかっかっ」
「もう遅いだろ…」
そう元気に笑うマリナとは対照的に、ため息を吐きながら馬車に揺られる俺だった。
伯爵領に向かう俺たちは途中休憩を取ることにした。「休憩です」
「うむ」
「あ、あのさ、マリナ」
「なんじゃ?」
「やっぱりこの馬車の揺れ、ひどくないか?」
「そうかのう?この前の馬車よりはいいじゃろ?」
「いや、あれは短時間だったろ?これからも長時間乗るのに揺れすぎだろ?」
「まあ、道の状況も違うしのう。じゃが、こんなもんじゃぞ?しかも、これは王都の近くじゃから、田舎はもっとひどいぞ」
「嘘だろ。地獄だ…絶対馬に乗れるようになってやるからな!」
ガコンガコンとさっきまで揺れ動いていた馬車の感覚を思い出し、そう心に決める俺だった。
「はいはい。乗れるようになるとよいのう。ま、馬は馬で揺れるがな。あと、知っておると思うが、馬の後ろにはいくなよ?」
「へ?なんでだ?」
「見知らぬものや気に入らぬ者は蹴られるぞ」
「うげっ!それは嫌だな」
「慣れた頃に手を抜くと蹴られる騎士もおるぐらいじゃからの。馬にも乗れんお主は特に気を付けた方が良い」
「はぁ、近寄らないでおくか。にしても…リタも堂々としたもんだな」
あれだけ、俺に食って掛かっていたリタだが、今は馬に乗って立派な騎士に見える。もちろん他の騎士たちも馬に乗っているのだが、風格というか雰囲気がある。
「わしの護衛騎士何じゃから当たり前じゃ!」
「いやぁ、セドリックならわかるんだがな」
「何の話だ?」
「あ、いや、何でもない」
「ほう?お前の体に聞いてみるか…」
何か俺の雰囲気から自分に関することだと読み取ったのか、リタが剣に手をかける。
「ちょ、やめろって剣に手をかけるな!」
「冗談だ」
「お前だと冗談にならねぇんだよ」
「そうか?」
「全く。単純に騎士として雰囲気があるって思ってな」
「そ、そうか?それならそうと早く言え!そうはそうだろう。馬術も剣も得意だからな!」
「お、おう」
あぶね~な。前半部分を聞かれなくてよかったぜ。その後も馬車は進んでいき今日の野営地に着いた。




