墨の空。滲むは星。
墨汁で塗りたくったような、真っ暗な空。そんな闇に飲まれまいと、星が必死に抵抗する。一面の黒いスクリーンに滲む星。僕は傍観者として、星と闇のドラマを味わう。自分が夜に包まれていることも知らずに。
幼い頃から兄であるタロウはなんでも出来が良く、ジロウの僕は落ちこぼれだった。そんなダメダメな僕の唯一の趣味は、夜を見ることだ。空が闇になるこの時間が好きだった。近所の森から夜を見ようと思って、森に足を踏み入れた時に見た闇は忘れられない。覆いかぶさってくるような恐ろしさ、遠いようですぐ隣に居る闇が、いやらしい微笑を浮かべながら僕を手招きしていた。僕は闇に魅了された。
眩しい光を放つ星がなぜ夜にあるのか、気になって調べたことがある。星は僕からは遠いところにいて、僕から見えるのはその星の後ろ姿らしい。星なんて、ただの岩石なはずなのに、僕は直視できなかった。
ある時、いつものように森に出かけて夜を見ようと家を出ると、タロウがいた。
「ジロウ、いつも一人で出かけて夜空を見に行ってるんだってな。オレもつれてってくれよ。」
「別にいいけど、タロウにはつまらないと思う。」
それでも引かなかったタロウに、僕はしぶしぶタロウの後ろについて、一緒に夜を見に行った。
二人で夜を見ていると、タロウが変なことを言い始めた。
「ジロウ、オマエは期待されてることが重荷に感じることってあるか?」
「ないよ。」
「今日突然学校から、キミは優秀だから海外留学プログラムに参加してみてはどうかな、って言われたんだ。正直いきなり留学って言われてもよく分からないし、日本でまだやりたいことあるから断ろうと思ってたら先生から、オマエは希望の星だからな、って念を押されたんだ。」
僕は相槌を打つ代わりに無言で答えた。
「他にも色々あってさ…、どうやら学校はオレに随分と金をかけているらしい。責任重大だよな。」
僕は兄がわからなくなりかけていた。いつもなら気にもかけない星がなんだか今日はやたらと目に入る。その時、ひときわ大きな光が目に飛び込んできた。
「アッ!流れ星!ジロウは見えたか?」
「見えたよ。綺麗だったね。」
「願い事ちゃんとしたか?」
闇に目が慣れてきたせいか、今日は夜空が青かった。流れ星はバイバイ、と言ってすぐに消えてしまった。兄が海外に行ってしまうと思うと、少し寂しく感じた。
その日は流星群だった。星がいっせいに現れては消え、消えては現れてを繰り返していた。願い事を叶えてやると言われているようだった。なんとなく、兄に海外留学はしてほしくないなんて思いながらその流れる星をじっと見つめていた。
流星群でたっぷりと夜空を満喫した僕らは並んで帰った。そして僕は闇にバイバイ、と告げた。