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3/12

3話

 帝都オルファンは同心円状にひろがる巨大都市だ。

 中心には宮殿と魔導樹「ビフロスト」が据えられ、その周囲の上流層は官公庁の建物や貴族の邸宅で占められている。

 かくいう俺が住んでいた家も上流層の一角にあった。

 上流層を抜けると中流層。ここには大規模な商店街や歓楽街があり、帝都の商業の中心となっている。

 その次が下流層で、帝都民の大部分はこの区画で暮らしている。下流層は農業エリアや工業エリアでもあり、帝都をぐるりと取り囲む城壁の付近には、大量生産を可能とする先進的な農場や工場が立ち並んでいた。

 帝都の正式な範囲は下流層の城壁まで。

 ただし城壁を抜けた先にも、多数の家屋が建てられ大勢の人が生活していた。

 通称、最下層。帝都の周囲に自然発生的にできたスラムだ。

 スラムの家々は廃材をかき集めて建てた粗末なあばら屋で、住民たちが貧しい生活を送っていることは一目瞭然だった。

 魔導炉の魔力もここへは供給されず、城壁の内と外はまさに天国と地獄といっていいほど隔絶していた。

 それでもスラムには多くの出稼ぎ労働者が集まり、その規模は拡大の一途をたどっていた。

 なにを隠そう、俺もこの最下層の出身だった。


(あのとき親父さんにとっ捕まってなかったら、今でもあそこにいたんだろうなぁ)


 俺は実の両親について詳しく知らない。

 スラムには出稼ぎ労働者に置き去りにされた孤児が大勢いたから、きっとその一人だったんだろうとは思っている。

 今も昔も、スラムの孤児が生きていく方法は二つに一つしかない。

 奴隷になるか、さもなくば盗賊になるかだ。

 そして俺には他のやつらにはない才能、すなわち魔法の力があった。

 そのおかげでずいぶんと楽に稼がせてもらった。

 ところが一〇歳のとき転機が訪れる。帝都の上流層で貴族の屋敷に盗みに入っていたところ、当時の大神官たるタイガ・スメラギに捕縛されてしまったのだ。

 ところがタイガは俺を牢獄へは送らず、あろうことか自分の養子になれと勧誘してきた。

 子供心にも無茶苦茶だとは思ったが、当時の俺に選択肢などあるわけもない。

 牢獄へぶちこまれるよりは千倍マシだと二つ返事で了解し、正式に養子となってリヒト・スメラギと名乗るようになり、帝都中央魔法学院に入学してデュオやナナと出会い、一八歳のとき急逝した親父さんのを跡を引き継いで大神官になって、それで――


(今はこうして帝都を追い出されちまったわけか。はぁ……)


 こんなざまでは親父さんに申し訳が立たない。

 きっと草葉の陰で泣いて――


(いや、違うか。あの人なら宮殿内の怪しい陰謀を察知した時点で、自分から絶縁状を叩きつけて帝都を出てるな、きっと)


 もし生きていたなら、俺の優柔不断さと見込みの甘さに憤激していたに違いない。


(考えてみたら俺、帝都を出るのってこれが初めてだな)


 スラムの孤児時代は帝都の「内」にしか意識が向かなかったし、内に入ってからも帝都の「外」に興味を持つことはほとんどなかった。

 だが、こんな形とはいえ、一度は外の世界を体験しておくのも悪くないだろう。


(どうせすぐに戻ってくることになるだろうしな)


 スラムの外、未知の領域へと向かって俺は馬を走らせた。


   ◇◇◇


 俺もそうだったが、上から下まで帝都民の大多数は、生まれてこのかた一度も城壁の外へ出たことがない。

 なぜなら帝都オルファンは完全なる自給自足を達成している都市だからだ。

 食料を始めとし、あらゆる商品、芸術、娯楽と、帝都はいっさいがっさいを生産し消費する。

 魔導炉のもたらす魔力によってあらゆる素材を大量生産できるため、帝都には「輸入」という概念がそもそもない。

 唯一、外から供給を受けているものといえば、格安の労働力である最下層民くらいのものだった。

 逆に帝都から外へ出ていく者といったら、各地に駐屯する魔法騎士たちがせいぜいだ。

 なぜなら街から一歩外に出ればそこは、数多のモンスターが跋扈する危険な世界だからだ。

 可憐な野花が咲き誇る草原であれ、心地よい風が吹く林の中であれ、モンスターはお構いなしに現れて人を襲う。

 旅はつねに命がけ、というのが万人が共通する常識だった。

 もっとも俺にとっては危険などないも同然だったが。


「――風精シルフィードに願い給う」


 俺は呪文を唱えて精霊へと呼びかけた。


「追い風の標にて我が行き先を知らしめ給え。――ッ」


 ヒュォッ……! 俺の背後から軽やかな風が吹きつけ、前方へと吹き抜けていく。

 馬が自然と駈歩で走り出す。風に追い立てられるのではなく、風を追いかけていくような足取りだ。

 風精シルフィードの道標に従えば、自然とモンスターのいない進路を通っていくことになる。

 どこへたどり着くかはわからない。どのみち行くあてなどない旅だ。

 気ままな風まかせでなんら問題はなかった。

 その日は昼食も馬上で軽く済ませ、日中はずっと馬を走らせていた。

 午後の夕刻近くになって、俺は谷間にある小さな村へとたどり着いた。


「ちょうどいい。今日はここで宿をとるとするかな」


 馬を下りて村へと入る。

 一見して、貧困が暗雲のごとく村全体に立ちこめているのがわかった。

 家屋は貧相な木造で屋根は藁葺き。ちょっとの強風や地震で倒壊してしまいそうな頼りなさだ。

 それに建物の数に対して住民が異様に少なく、バランスも欠いていた。

 村の人口の大半は老人と子供で占められていた。


「働ける者の大半は帝都に出稼ぎに行っとるのですよ」


 俺を出迎えた村長が説明してくれた。


「そうして日銭を稼がなければ、儂らは食うのもやっとの生活ですから」

「たしかにこの土地じゃ、作物もろくに育たんだろうな」


 村を見渡して俺は言った。

 この規模の小さな村を造るにあたって、最優先事項は「モンスターが出現しない場所」である。

 そのため、耕作に適した平らな土地や川沿いの肥沃な土地は選べず、自然と山間か谷間、あるいは深い森の奥といった「隠れ里」のような場所に村を造るしかないのだという。


「けど、こういう小さな村にだって一個ぐらいは魔導炉があるはずじゃないのか?」


 以前に親父さんから聞いたことがある。

 先帝、すなわちデュオの父親の治世では帝都の外にも目が向けられ、各村々に魔導炉を設置する事業が推進されたという。


「あることはあります。が、当村の魔導炉はもう一五年も前に稼働を停止しています。おそらく寿命を迎えてしまったのだと思いますが……」

「いやいや村長、そいつはおかしいぜ。この村にある五等魔導炉だって最低一〇〇年はノーメンテで動くはず。設置されてからまだ三〇年そこらだよな?」

「はぁ、そうでございますが」


 はたと気づいて俺は言った。


「なあ村長――あんたら毎日ちゃんと祈ってるか?」

「はい……?」


 村長はまぶたをぱちくりさせた。


「あぁー……」


 俺は目元を覆って天を仰いだ。


(考えてみりゃ、大神官が常駐してた帝都ですら今やあの有り様なんだからな)


 外の村がもっと早くに信仰を忘れていたとしても、なんら不思議ではなかった。


「あの、都の御方。失礼ですが儂らを馬鹿になさっているのでしょうか? 祈るだけで魔導炉が動いたら誰も苦労はいたしません」

「違う違う。祈らないから誰もが苦労するはめになってんだよ。いいか村長、神頼みってのは困る前にするもんだぜ?」

「し、しかしですな、それこそ都の大神官様が祈るならばまだしも――」

「あれ、そういや言ってなかったっけ」


 俺は自分の胸を指さして言った。


「俺の名前、リヒト・スメラギっていうんだが」

「なっ!? ス、スメラギですとっ、まさかッ……!?」


 村長がわなわなと震え出す。

 それが代々、大神官を務める家名であることは、帝都の外にも知れ渡っているらしかった。

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