1話
「評決を言い渡す。元・大神官リヒト・スメラギを国外退去処分とする」
グランアルス帝国の第七二代皇帝・デュオノクトは、じきじきに俺へと宣告した。
「期限は明日正午〇時より四八時間。それまでに国外退去が未遂の場合、反逆者として指名手配することもやむをえない。以上だ」
言葉を切って椅子に背を預けるデュオノクト。
彼の隣には大臣が席を占め、以下、帝国の重鎮たちがずらりと顔を並べていた。
誰も彼も例外なく、不審や敵意のまなざしを俺へと向けている。
査問会とは体のいい口実で、実際のところは俺を吊るし上げる場にほかならなかった。
「リヒト・スメラギ。最後になにか申し開きがあるならば聞こう」
大臣が長く伸ばした口ひげを撫でさすりながら言った。
「陛下を始め我ら一同に謝罪と懺悔をするならば、今をおいてほかにないぞ?」
「……じゃあ、遠慮なく」
いいかげん頭にきていた俺は、敬語も礼儀もかなぐり捨てて口を開いた。
証人台の真正面に座る皇帝をにらみつけて言う。
「何度でも言うぜ。今すぐに考え直せ、デュオっ……!」
俺はあえて友人として彼の名を呼んだ。
もちろんこの場においては不適切極まりない。
「なんと無礼なっ! その物言いは皇帝陛下のみならず当査問会を侮辱していますぞ!」
すぐさまお歴々が色めき立ち、大臣が叱責の声を上げたが、
「構わん。最後の機会なんだから好きに言わせてやれ」
デュオが一声で騒ぎを沈めた。
真っ向から俺を見返してくるデュオ。
その瞳にかつての友情の念はなく、深い失意と隠しきれない嘲弄に塗り固められていた。
「それでリヒト、考え直せとは一体なにをだ?」
「決まってんだろ、ここ一、二年でお前が俺にしたこと全部だよ」
怯むことなく俺は言った。
それはこれまで幾度となく訴えてきた言葉だった。
「精霊庁および大神官の廃止と、それにともなう中央祭祀場の封鎖。なにより祈祷の全面的な禁止と厳罰化はいくらなんでもやりすぎだろ……!」
「精霊への祈祷か。それを怠るとなにが起こるんだったか?」
「何度も説明しただろ。帝都中から魔力が消える。たぶん一週間と経たずにな」
「妙だな。俺の理解では、帝都に魔力を供給しているのは一三基の特等魔導炉で、その魔導炉に大本の魔力をもたらしているのが精霊たちのはずだ。それで、お前は一体なにをしているんだ?」
「精霊は自発的に魔力を供給してはくれない。俺が毎日祈りを捧げて『その気』にさせてるからこそ、魔導炉も止まることなく動きつづけているんだ」
「つまりこういうことか、リヒト? 帝都が誇る魔法文明の数々が、実のところお前ただ一人の祈りに支えられていた、と」
「まあ、そういうことになる」
俺は大真面目に語ったが、重鎮たちの反応は失笑や冷笑や嘲笑、ところにより憤懣やるかたない表情だった。
つまりは誰一人として真に受けていない。
俺が大法螺を吹いていると最初から決めてかかっていた。
「……リヒト。自分で話していて、与太話がすぎるとは思わないのか」
「まったく思わん。俺は事実を話してるだけだからな」
デュオは処置なしという顔で大仰に肩をすくめた。
わかりきっていたことだが、話し合いは平行線に終わった。
認識の齟齬は千尋の谷のごとく深く広く横たわり、埋めることはできそうもなかった。
「……デュオ、一体どうしちまったんだよ? 昔のお前はそんなやつじゃなかったはずだぜ。俺が大神官に抜擢されたときだって喜んでくれたじゃないか」
「当時の俺には、物事の真偽を見抜く目が備わっていなかった。それだけのことだ」
「俺には今のお前の目は曇りきってるとしか思えないがな」
仮にも皇帝相手にこんな口の利き方が許されるのは、俺とデュオが学生時代の友人だからだ。
帝都中央魔法学院ですごした日々。
あのころのデュオは今とはまったくの別人で、皇位継承権第一位の皇太子であるにもかかわらず、貧民街出身という異色の経歴を持つ俺にも分け隔てなく接してくれた。
――これから立場や身分がどう変わっても友情は変わらない。
学園を卒業する際に、言ってくれたことも鮮明に覚えている。
その後、デュオは若くして第七二代皇帝として即位し、俺も急逝した養父の跡を継いで大神官の役職を拝命した。
わずか四年前のことだ。
それが今やこの有り様。当時は想像することさえできなかった、まさに悪夢の未来だった。
「勘違いしないよう言っておくが、リヒト、精霊の重要性は誰もが理解している。だが大神官の役目は今日限りで終わりだ。毎日祈るだけの前時代的な役職など、俺の御世に置いておくことは罷りならんのでな」
「お前は間違ってる。後悔することになるぜ、デュオ……!」
「言いたいことはそれだけか? 他になければ当査問会はこれにて閉会とするが――」
「待て! デュオだけじゃない、そこに雁首揃えてやがるお前ら全員に言っておくぜ」
挑戦的な目つきでぐるりと睨みつけてから、俺は言った。
「これから帝都は未曾有の大混乱に見舞われる。その時になって大慌てしても、俺はもう知ったこっちゃないからな」
その言葉を最後に、俺は堂々と退室した。
◇◇◇
大神官の祈りが、帝都の魔法文明を支えている。
大法螺吹きの誇大妄想と言われようと、それ事実なんだから仕方ない。
そして事実であるがゆえに立証は困難だった。
実際に影響がでるまで祈りを中止すれば、帝都全体に大混乱を引き起こしてしまう。
その際に生じる損失は計り知れない。
自分の地位を守るためだけに、そんな真似はとうていできなかった。
だから俺は再三に渡って「祈り」の効果の立証を求められながら、ついに実行に移すことはなかった。
今にして思えば、事態を甘く見ていたんだと思う。
まさか大神官が廃止されるなんてありえるはずがない、と。
「ここ一、二年くらいだよな。急に精霊庁への風当たりが強くなって、大神官の廃止が真面目に議論されるようになったのは」
それ以前は、大神官の重要性は論ずるまでもない常識だった。
精霊への祈りなくして帝国の繁栄なし。
明文化こそされていないが、それがグランアルス帝国の理念であり国是であったはず。
だというのに、こんな短期間に一体どうして――?
「ま、俺が考えてもわかりゃしないけどよ」
もとより政治に関してはまったくの門外漢だ。
宮殿の奥でどんな陰謀が進行していたのかなんて、俺には知る由もなかった。
実際に起きたことを列挙すると以下のようになる。
事態が大きく動いたのは三日前の早朝。
朝一番でデュオの執務室に呼び出された俺は、本日付で精霊庁と大神官の廃止を通達された。
もちろん寝耳に水もいいところの話だ。
その場で必死に抗議し翻意をうながしたが、デュオの決意は堅く揺るぎなかった。
だが、はいそうですかと引き下がって自宅でのんべんだらりと過ごすわけにもいかない。
精霊への日々の祈祷は帝都全体に関わる最重要事項なのだ。
俺は封鎖された中央祭祀場に無断侵入し、勝手に祈りを始めた。
ところが開始するやいなや近衛兵たちが現れ、俺は捕縛されてしまった。
そして本日の査問会を経ての、国外退去処分という結末だった。
「最初からこの流れが決まってたとしか思えないな……」
鮮やかというか、強引というか。
とにかく俺を帝都から排除するという、恐ろしく強固な意志が裏に見え隠れしていた。
「こうなっちまったからには仕方ない。荒療治になるが、悪いのはデュオたちなんだからな」
俺はどうするつもりなのかといえば、本気で帝都を出ていく気満々だった。
とはいえ、国外退去までするつもりはさすがにない。
そもそも帝都から最短距離の国境線でも軽く二〇〇〇キロ以上は離れている。
四八時間での退去などどだい無理な話。
その意味するところはせいぜい「二度と帝都に戻ってくるな」くらいのものだと俺は解釈していた。
ともかく明日の朝に帝都を発つ。
現在、俺は自宅に戻って出発の準備を進めているところだった。
と――
「なにをしているのですか、リヒト?」
ふいに背後から、冷気を思わせる声がかかった。
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